昔話は遺伝子よりも伝わりにくい

2013.01.07
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グリム童話の一編「ホレのおばさん」の挿絵。2人の少女にまつわる有名な昔話が、グループ間で新しい文化が伝播されていく仕組みの研究に重要なヒントをもたらした。

Illustration from Mary Evans Picture Library/Alamy
 14世紀ごろのヨーロッパで広まった、2人の少女にまつわる昔話がある。1人は思いやりのある少女で、その優しさと勤勉さの見返りにご褒美をもらった。意地が悪いもう1人は、その強欲さと身勝手さの代償として罰を受けた。 この昔話には多種多様なバリエーションがあり、グリム童話の一編である「ホレのおばさん」やシェイクスピアの『ベニスの商人』など、さまざまに形を変えてヨーロッパ全土に伝わっている。

 ニュージーランド、オークランド大学の進化心理学者クエンティン・アトキンソン(Quentin Atkinson)氏は、この有名な昔話に焦点を当て、人間の文化的各集団間、あるいは内部でどの程度の差異があるのか、そして昔話が複数の集団をまたいで伝播されていく仕組みを分析した。

 この研究でアトキンソン氏のチームは、通常は特定の生物種内の遺伝的変異を分析する際に使うツールを使用して、この昔話のバリエーションを分析した。

 その結果、民族言語集団(言語と民族性で分類したグループ)ごとに、大きな差異があることが判明したという。チームは、「集団の枠を超えた文化伝承は、遺伝子の伝播よりも難しい」との結論を下している。

 研究対象の昔話は、異なる言語民族集団の間で内容に9%の差異があることが示された。一方、ヨーロッパの集団間での遺伝子の差異は、1%未満に留まっている。各集団の遺伝子の差異は小さいが、文化の差異は大きいという興味深い結果が出た。

 例えばこの昔話には、2人が魔女に会って家事手伝いを頼まれるというくだりがあるが、出会う場所には、川、井戸の底、洞窟の中など、さまざまなバリエーションがある。また、3人の老人や聖母マリアに出会う場合もあるという。

◆文化と遺伝子

 比較的容易に別の集団に移入し、ランダムに伝播されていく遺伝子とは異なり、新しい文化や概念は、別の集団に移入してもそのままの形で定着することが難しいという。昔話そのものは「民族言語集団」の垣根を超えて伝播されたが、新しい文化や概念には、細部が改変されるといった反作用のような力が働く。遺伝子の場合には当てはまらない特徴だ。

◆文化の垣根

 イギリスにあるレディング大学で人間行動の進化を研究しているマーク・ペイゲル(Mark Pagel)氏も、今回の研究には参加していないが、「重要なのは、文化集団の中では、実は情報の流れが強く制限されているという点だ。他の集団の影響を受けにくいことが、地域特有の伝統や規範が形成される原動力になっている」と話す。

「文化集団の特質は、生物種の特質と相通ずる面が多い。しかし“文化の生き残り”を担う存在とも言える文化集団は、ある意味で遺伝子以上の力を発揮するとも言える」。

 人がある文化集団から別の集団に移住すると、集団内の遺伝子の多様性は増すことになる。そうした移民が子孫を設けると、新しい遺伝子の混入がさらに促進され、集団内に新しい群が形成される。しかし、文化は必ずしも一新されるわけではない。

「人間の行動には興味深い点が多々あるが、最も重要な点は、DNAや遺伝子を調べるだけではわからない」とアトキンソン氏は語った。

 今回の研究結果は、「Proceedings of the Royal Society B」誌オンライン版に2月6日付けで発表された。

Illustration from Mary Evans Picture Library/Alamy

文=Jane J. Lee

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