伝書バトが迷子になる謎に新説

2013.01.01
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アメリカ、アイダホ州で、毎年恒例の航空フェスティバルの開幕を記念して空へ放たれる伝書バト。

Photograph by Greg Kreller, Idaho Press-Tribune/AP
 伝書バト(カワラバト)は、その優れた帰巣能力によって大昔から重用されてきた。戦時のメッセンジャーとして、長距離通信の手段として、さらには国際レースのアスリートとして。 しかし、世界にはハトを混乱させるとみられる場所があり、そのエリアではハトがたびたび方向を間違えて行方不明になったり、まっすぐ帰らずバラバラな方向へ飛んだりする現象が起きると、地球物理学者のジョン・ハグストラム(Jon Hagstrum)氏は話す。同氏はこのほど、伝書バトの帰巣能力の謎を解く手がかりになるかもしれない研究を発表した。

 伝書バトが方向感覚を失う現象について、ハグストラム氏の研究は興味深い説を唱えている。ハトは超低周波の音をたどって帰巣しており、この帰り道を“聞く”能力が狂うと迷ってしまうというのだ。

 このような音は低周波音と呼ばれ、人間の耳に聞こえる周波数をはるかに下回るが、ハトはこの音を聞くことができると、カリフォルニア州メンローパークにあるアメリカ地質調査所(USGS)に所属するハグストラム氏は述べる。「ハトは音を使って鳩舎(の周辺)の地形を頭に描く。ちょうど人間が目で見て自分の家を認識するように」。

◆迷子現象の謎

 研究者は長年、伝書バトが一部地域で方向感覚を乱す現象、いわゆる「放鳩地バイアス(release-site bias)」の謎に頭を悩ませてきた。

 ハトは、自分が今向かっている方角を知るコンパスのシステムを持つが、上の問題はそれとは異なり、行きたい場所に対して自分が今どこにいるのかを知る能力、すなわち“地図”システムの問題だ。

「ハトのコンパスシステムのことは詳しくわかっているが、ハトの地図(システム)については現在もなお論争が続いている」とアメリカ、オハイオ州にあるボーリング・グリーン州立大学で動物行動を研究するコーデュラ・モーラ(Cordula Mora)氏は話す。同氏は今回の研究には参加していない。

 モーラ氏によると、現在のところ、ハトは嗅覚を頼りに帰巣しているとする説と、地球の磁力線をたどっているとする説の2つが主流だという。これらの説では、ハトの嗅覚や磁力線をたどる能力が何かによって狂うことが、一部地域でハトが迷子になる原因ではないかと考えられている。

 しかし、いずれの説明もハグストラム氏には納得がいかなかった。地質学者である同氏がハトに興味を持ったのは、コーネル大学の生物学者ウィリアム・キートン(William Keeton)氏の講義を大学時代に聴いたことがきっかけだ。伝書バトの帰巣能力を研究していたキートン氏は、自身の飼育するハトに放鳩地バイアスがみられたことを語り、ハグストラム氏はこの話に引きつけられた。「ただもう呆然として驚き、魅了された。暗黒物質や量子力学が理解できないのは仕方がないが、鳥(の帰巣)のことならわかるのではないかと思った」。

 そこでハグストラム氏は、ニューヨーク州北部の3地点におけるキートン氏のハトの放鳩データを調べた。3地点のうち、カスターヒルとジャージーヒルでは、ハトが(同州イサカにある)コーネル大学の鳩舎に帰る途中で方向を間違えたり、でたらめな方向へ飛んだりする現象がたびたび起こっていた。これらのハトは、他の地点からは問題なく帰巣していた。そして残る1地点、ウィードスポートという町の近郊では、若いハトが年長のハトと異なる方向へ飛ぶ現象がみられた。

 その一方で、コーネル大学のハトがこれらの地点から問題なく帰巣できた日もあった。さらに、他の鳩舎の伝書バトは、カスターヒル、ジャージーヒル、およびウィードスポート近郊から放たれても問題なく帰巣していた。

◆音の影

 ハグストラム氏は、伝書バトが0.05ヘルツという非常に低い音を聞きとれることを知っていた。それなら約0.1~0.2ヘルツの低周波音を聞きとるには十分だ。そこで同氏は、地域の平均的な日と、ハトがジャージーヒルから迷わず戻れた日において、これら低周波音がどのように伝播していたかをモデル化することにした。

 その結果、大気条件や土地の地形のため、ジャージーヒルは通常コーネル大学の鳩舎から見て“音の影”に入っていることが判明した。そのため、鳩舎付近から発せられる低周波音は、ほとんどジャージーヒルまでは到達していなかったが、1日だけ、風のパターンの変化や気温の逆転によって音が到達している日があった。そしてそれは、コーネル大学のハトが問題なく帰巣できた日と一致していた。

「地形が音に影響を及ぼし、天候が音(の伝播)に影響を及ぼしていたことがわかった。そこからすべての謎が解け始めた」とハグストラム氏は述べている。

 大学の鳩舎とジャージーヒルの間にある地形と通常の大気条件によって、この地域では低周波音は空高く持ち上げられていた。

 それでも一部の低周波音はカスターヒルには到達していたが、近くの丘や谷の影響により、コーネル大学の鳩舎はカスターヒルの南南西に位置するにもかかわらず、低周波音は西と南西の方角から到達していた。

 記録によると、カスターヒルで放たれた若く経験の浅いハトは、年長のハトが南西を目指すのに対して、時おり西へ向かって飛んでいた。おそらく鳩舎から発せられる低周波音をたどっていたと考えられる。

 ハグストラム氏の構築したモデルでは、ウィードスポートには通常は南から低周波音が到達していた。しかし、天候が異常だったある日には、付近の川谷の地形の影響もあって、コーネル大学鳩舎からの低周波音は南東からウィードスポートに到達していた。

◆複数の地図を使い分け

「(ハグストラム氏が)これらの地域で発見したことは、これらの場所における(ハトの)行動を説明している可能性がある」が、この結果をすべての伝書バトに当てはめて考えてはならないとボーリング・グリーン州立大学のモーラ氏は述べる。モーラ氏の一部研究では、伝書バトが帰巣に磁力線を用いているとの説を裏づける結果が出ている。

 モーラ氏によると、伝書バトが何を地図として用いるかは、おそらく育った場所によって変わるという。「それが低周波音になる場所もあれば、(嗅覚が)道しるべになる場所もあるのではないだろうか」。

 ハグストラム氏は今後、ハトが音をたどって移動できる範囲の広さを突き止める計画だという。また、アメリカ海軍と空軍も同氏の研究に関心を示している。「われわれは現在、ナビゲーションにGPSを用いている」が、もしも衛星に問題が生じれば「一巻の終わりだ」。それに比べ、ハトは何の問題もなく1つの地点から別の地点へと移動できると同氏は述べている。

 今回の研究は、1月30日付で「Journal of Experimental Biology」誌に発表された。

Photograph by Greg Kreller, Idaho Press-Tribune/AP

文=Jane J. Lee

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