アメリカ、コロラド州に生息する成熟したオスのアメリカアカシカ。シカの袋角や枝角は人体への効能があると信じられている。

Photograph by Richard T. Nowitz, Corbis
 シカの袋角(ふくろづの)が、アメリカのスポーツ界でスキャンダルに発展するかもしれない。ナショナル・フットボールリーグ(NFL)、ボルチモア・レイブンズのラインバッカー、レイ・ルイス選手(37)が、この禁止薬物の入手を試みたと報道されたのだ。 2月3日、スーパーボウルがニューオーリンズで開催される。大舞台を控えたチームの司令塔ルイス選手は、右上腕三頭筋断裂の回復を早めるため、シカの角成分が入った点鼻スプレーの入手を試みたと、「Sports Illustrated」誌2月4日号が報じた。「USA Today」紙によると、ルイス選手はこの報道を否定し、「悪魔のいたずらだ」と話しているという。

 この点鼻スプレーは雄鹿の袋角を主成分としている。夏に生え替わったばかりの角で、柔らかいビロード状の皮膚で覆われており血が通っている。秋の発情期にかけて伸張し固くなると、鹿は自ら樹木などにこすりつけて皮膚を落とす。サプリメントとして利用するには、固くなる前に袋角を切断し、熱処理などを経てエキスを抽出する。人体への効能は証明されていないが、損傷した軟骨や腱を修復したり、体力の増強効果を目当てに使用するスポーツ選手も多い。

 しかし、アメリカ食品医薬品局(FDA)の承認は受けておらず、NFLの禁止薬物にも指定されている。

 ニューヨーク大学ランゴーンメディカルセンターによると、袋角は特にニュージーランドで一大ビジネスとして発展し、アジアやアメリカへの年間出荷量は数千万ドル(数十億円)相当という。

 袋角を扱うNew Zealand Deer Velvet社によれば、養鹿(ようろく)業はニュージーランドの主要産業で、2800の農家が約110万頭を飼養している。主な品種はアカシカ、エルク、アカシカとエルクの交雑種である。

 成熟した雄鹿から袋角を取る際には、資格を有する獣医や養鹿業者が局所麻酔をかけてストレスを最小限に抑えているという。

 医学の専門家に意見を求めてみた。以下はその内容だ。

◆袋角とは

 シカの袋角には、インスリン様(よう)成長因子(IGF-1)が含まれている。

 IGF-1は、脳下垂体で作られた成長ホルモンの働きかけによって肝臓で分泌される。身体の成長を調節する働きがあり、成長期に欠乏すると小人症(低身長症)の原因となる。過剰に分泌されると先端巨大症(アクロメガリー)を来すことがある。

 ニューヨーク市にあるレノックス・ヒル病院の内分泌科医スピロス・メジティス(Spyros Mezitis)氏によると、発育不全の子どもにはIGF-1を投与するケースがあるが、スポーツ選手やボディビルダーの使用は勧めないという。

「アスリートが推奨用量を数回にわたって摂取した場合、副作用の可能性があるからだ」と同氏は説明する。IGF-1を過剰摂取すると、腱が硬くなりすぎて断裂したり、脂質や糖の代謝が抑制されてしまうケースもある。

◆効能

「IGF-1の初期の研究では、損傷した軟骨や腱の修復に効果的と考えられていた」と、マンハッタンにあるニューヨーク・ボーン&ジョイント(New York Bone & Joint)の設立者で整形外科医のレオン・ポポビッツ(Leon Popovitz)氏は話す。

 また、最近の研究でも、度重なる外傷による関節軟骨損傷の治癒に役立つ可能性が示された。

「しかし、どちらも症例数が非常に少なく、結果は立証されていない」と同氏は注意を促す。しかし現時点で、袋角のサプリメントは市販され、規制も受けていない。「サプリメント会社は有望な成分を見つけるとすぐに商品化して販売するが、後になって有害な副作用が判明する場合も多い」。

◆作用機序

 IGF-1は身体の修復機構に働きかける。まず、細胞増殖に必要な基質の産生が促進される。この基質はいわばタンパク質でできた土台である。

 続いて、IGF-1の働きで新しい細胞が作られ、土台である基質の上に積み上げられて損傷部を修復しようとする。

◆結論

 IGF-1は、発育不全の子どもや小人症患者の治療、軟骨や腱の損傷回復においては有望だが、医師の診断なしに、特に運動能力向上のために用いるべきではない。

 ポポビッツ氏はルイス選手について、「回復を早めようとしていたのだから、必ずしも悪い行為ではないと思う」と述べる。

「ただし、プロのアスリートと一般人を同列には語れない。中には、極端な手段を用いる選手もいる。週末だけ運動するような人は、真似するべきではない」。

Photograph by Richard T. Nowitz, Corbis

文=Christine Dell'Amore