トンブクトゥ崩壊:アルカイダとリビア

2012.12.10
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西アフリカ、マリの名家の葬儀には、多数の参列者が並ぶ。

Photograph by Brent Stirton, Getty Images/National Geographic
[ アルカイダはいかにして伝説の都市を奪ったか ]

 2008年11月、バラク・オバマ氏がアメリカ大統領に選出された夜、私はマリのトンブクトゥでトランジスタラジオを聞いていた。 私が座る小さなゲストハウスの屋上には、地元の教師イサカ(Issaka)さん、ゲストハウスのオーナー、モハメド(Mohammed)さんもいる。

 予想外だったのだが、マリ北部の古代都市トンブクトゥはオバマ氏の当選に熱狂していた。

 今にも壊れそうな日干しれんがの建物が雑然と並ぶ町並みを眺めながら、ふと、この伝説的な都市の可能性について考えてみたくなった。

 振り返れば、豊かな貿易の中心地として絶頂を迎えたトンブクトゥが衰退して数世紀が経つ。しかし、2009年を迎えようとする古都にはある種の復興の兆しが感じられる。

 経済的にも明るい陽が差そうとしている。何より、失われた中世の文章を収集し続ける、地元の歴史学者たちの長年の努力が実りそうなのだ。学問の中心地として栄えた当時のトンブクトゥが残した手書きの史料は、今やまさに宝の山だ。

 トンブクトゥを構成する主な部族は、トゥアレグ族を始め、ソンガイ族、アラビア語を話すベルビチェ(Berbiche)族などさまざま。やっかいな問題だった部族間対立も、表だっては改善に向かっているようだ。

 確かに気掛かりな問題もある。国の北東部では、下火とは言えトゥアレグ族の複数のグループが一触即発の反乱を続けている。アルジェリアを中心に活動するイスラム過激派「イスラム・マグレブ諸国のアルカイダ組織(AQIM)」も、荒れ果てた広大な北の砂漠のどこかに潜伏しているはずだ。

 しかし、民主的に選ばれたアマドゥ・トゥマニ・トゥーレ政権はアメリカと緊密な関係を築いていた。

 オバマ大統領の誕生を報じる声がラジオから流れる中、イサカさんと私は屋上で握手し、おやすみのあいさつを交わした。「オバマ氏の勝利は私たちに刺激を与えてくれるだろう。4年後、トンブクトゥは生まれ変わっていると思う」。イサカさんは笑顔でそう言った。

 前向きな気運が満ちあふれる中、その後の4年間に残酷な運命のいたずらが待ち受けていることを誰が想像できるだろうか。オバマ氏が再選を果たした今年、トゥーレ政権は軍事クーデターによって崩壊し、国土の3分の2がアルカイダ系のイスラム過激派の支配下にある。モハメドさんとイサカさんは、家族と共にトンブクトゥを去ることになった。

◆徐々に崩壊

 トンブクトゥでAQIMが政府軍の将校を暗殺したのが2009年。政府軍は直ちに重武装の護衛隊を招集、ベルビチェ族の民兵も参加し、AQIMの追跡と砂漠の基地の破壊を目指した。

 ところが2週間後には、遠征指揮官を含む数十人の兵士と民兵が戦死。撤退に追い込まれる。それ以降、政府軍は大規模なAQIMの掃討作戦をあきらめてしまった。

 失敗の理由を、トンブクトゥの北にある小さな砂漠の村に暮らす年老いたイマーム(イスラム教指導者)に尋ねると、AQIMがいかにしてベルビチェ族をはじめとする砂漠の民に取り入っているかを説明してくれた。

「彼らは住民たちの面倒を見る。病気になれば家族に薬を渡し、空腹の者がいれば食べ物を与える。誰かが死ねば家族に金を渡す。政府がそのようなことをしてくれたことはない」。

◆リビアの影響

 AQIMがマリ北部に浸透するはるか前、マリのトゥアレグ族のコミュニティーと深い関係を築いたのは、リビアの最高指導者ムアンマル・カダフィだ。トゥアレグ族は長年、公民権を奪われていると感じていた。1980年代、カダフィはラジオ放送でトゥアレグ族の若者にリビアで軍人にならないかと呼び掛けを行う。数千人の若者がリビアに出稼ぎに行き、カダフィ直属の特殊部隊に配置された。

 2011年2月、アラブの春がリビアに波及すると、カダフィはトゥアレグ族出身の部隊を展開。政権崩壊後には、何千人ものトゥアレグ族がマリ北部に帰還を始めた。

 その年の夏、私はトンブクトゥを訪れ、ハムドゥーン(Hamdoon)さんという古参兵を取材した。1980年代、彼はカダフィが編成したトゥアレグ族の旅団に所属していた。

 1990年、複数のトゥアレグ族のグループが政府に対する反乱を起こしているという噂を聞き、戦いに加わるため帰国。5年後には和平合意が成され反乱は終息し、ハムドゥーンさんを含む多くのトゥアレグ族兵士が政府軍に吸収された。彼は中堅の将校まで昇格する。

 2011年に会ったとき、ハムドゥーンさんは悲観的だった。「次はマリで戦争が起きるだろう」という重々しい口調を覚えている。

 リビアに従軍した仲間は皆、マリ北部では想像もできないような現地の生活水準に驚いたという。「水道付きの家、子どもたちの学校、医療。すべて無料だ」。

◆悪循環

 取材の6カ月後、トゥアレグ族の反乱軍がマリ北部にある政府軍の基地を攻撃し始める。最も憂慮すべきは、反乱軍がAQIMの支援を受けている気配が見られることだった。

 政府は無能さをすぐに露呈、数カ月の間に多くの兵士が犠牲になった。政府軍内部からは不満が噴出し、ついに中堅の将校たちがクーデターに踏み切る。

 2011年4月、私はモハメドさんからトンブクトゥを離れる計画を聞かされた。

「反乱軍がトンブクトゥを掌握するという情報が入ってくると、政府軍の兵士は四輪駆動車で南に走り去った。国は私たちを捨てたのだ」。

 数週間後、AQIMはイスラム主義の教義に従わなかったという理由から、トゥアレグ族の反乱軍のリーダーたちを追放。そして事実上、反乱を乗っ取った。

◆暗幕の裏側

 地元の人々によれば、主導権を握ったAQIMは、タリバン流のシャリーア(イスラム法)の解釈を強要しているという。占領の第1段階として、人々が崇敬する学者の墓を“反イスラム的”として破壊。“冒涜(ぼうとく)的”という理由で破壊された史跡もある。

 今年11月、アメリカ大統領選挙の日、私はイサカさんに電話した。イサカさんも首都バマコに引っ越していた。

 新大統領の誕生に歓喜した4年前に話が戻ると、「昔のことだよ」とイサカさんは笑った。しかし、痛切な声で次のように続けた。「今の私たちはこれまでにないほどオバマ氏を必要としている」。

Photograph by Brent Stirton, Getty Images/National Geographic

文=Peter Gwin

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