五輪の象徴、パナシナイコ競技場の歴史

2012.07.30
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上は1896年、第1回近代オリンピックの開会式が開催されたアテネのパナシナイコ・スタジアム。下は2004年夏季オリンピック、アーチェリー競技が行われているスタンドに、近代オリンピックの象徴「五輪」が観客席に影を落としている。男女マラソンのゴール地点にもなった。

Photographs by Tim Hawkins, Eye Ubiquitous/Corbis; (below) Mike King, NewSport/Corbis
 オリンピックを象徴する場所をひとつ挙げるとすれば、パナシナイコを措いてほかにない。幾多の歴史を秘めた最古のオリンピック会場「パナシナイコ・スタジアム」。 紀元前6世紀の竣工とされるパナシナイコ・スタジアムは、紀元140年の改修で5万人収容の大競技場になったという。数々の古代競技が繰り広げられたトラックは1周330メートル。再建を経た現在も、長い直線と半径の短いコーナーは、陸上競技やレスリングだけでなく戦車競走も行われた往時の様子を物語っている。

 古代オリンピックは西暦393年が最後の開催となる。ギリシャを属州としていたローマが、異教の神ゼウスに捧げられる祭典を禁止したためだ。以来十数世紀、土に埋もれていたパナシナイコは19世紀後半、エバンゲリス・ザッパス(Evangelis Zappas)によって修復された。

 ザッパスはギリシャ独立戦争に参加後、ワラキア(現ルーマニア)での成功で得た財を投じ、祖国に古代ギリシャの栄光を取り戻す象徴としてパナシナイコにオリンピックを復活させた。この「ザッパスオリンピック」には、ギリシャ国内諸州のほか、オスマン帝国領内のギリシャ系住民も参加したという。

 ザッパスオリンピックは1858年から1889年まで4回のみの開催だったが、これがなければ近代オリンピックも生まれなかっただろう。1896年の第1回国際大会(アテネオリンピック)でメイン会場に決まったパナシナイコ・スタジアムは、豪商ゲオルギオス・アベロフ(Georgios Averoff)の資金により白大理石で改装された。

 2004年のアテネオリンピックでは、周辺施設とともに再度改修が行われ、アーチェリー競技会場、またマラソンのゴール地点として使用された。

 経済危機で苦境に立つギリシャだが、パナシナイコは永遠にアスリートの戦いを見守り続けることだろう。

Photographs by Tim Hawkins, Eye Ubiquitous/Corbis; (below) Mike King, NewSport/Corbis

文=Tasha Eichenseher

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