米英戦争の沈没船、発掘開始へ

2012.06.08
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米英戦争の沈没船から引き揚げられた品々。陶製のボウルや皿、酒のカップ、粘土製のパイプ、歯科用具など、さまざまな物が当時の姿のまま残されている。

Photograph courtesy Naval History and Heritage Command, U.S. Navy
 アメリカの首都ワシントンD.C.の近くを流れるパタクセント川には、1812年に始まった米英戦争の船が沈んでいる。調査が進めば、戦争に関するさまざまな謎の解明につながると期待されている。 米英戦争は、1803年以来フランスと戦っていたイギリスが海上封鎖を続け、フランスとの交易を制限したことで始まった。この規制にアメリカは反発。さらに、公海上でイギリス船がアメリカ船を襲い、イギリス生まれの船員を連れ去って海軍に強制的に編入するようになり、両国の関係は一層悪化していった。そして1812年6月、アメリカ議会はイギリスに対して宣戦を布告する。

 ワシントンD.C.の北東およそ32キロを流れるパタクセント川では、1970年代初頭から沈没船の存在が知られていた。1980年代に入り、沈没船から人工物がいくつか引き揚げられるようになった。分析の結果、「チェサピーク湾船隊」の旗艦「USSスコーピオン」である可能性が浮上。同船隊は強大なイギリス海軍に大胆な奇襲戦法で立ち向かった。

 しかし、スコーピオンを含め、船隊の船はすべて1814年にパタクセント川で自沈している。

 調査の開始は2013年初頭に予定されている。メリーランド州道路局(Maryland State Highway Administration)、アメリカ海軍歴史遺産司令部(U.S. Naval History and Heritage Command)、メリーランド・ヒストリカル・トラスト(Maryland Historical Trust)の考古学者が参加。沈没船の周囲を一時的に囲い堰(かこいぜき)で覆い、川の水をポンプで排出して、詳細な調査を行うという。

 メリーランド州道路局の考古学者ジュリー・シャブリツキー(Julie Schablitsky)氏は、「パタクセント川の理想的な保存条件のおかげで、200年の歴史をさかのぼることができる」と話す。

 準備段階の作業だけで、コインや医療品、歯を抜く道具など、およそ200個の人工物が極めて良好な状態で見つかっている。

 本格的な調査が始まれば、銃器や弾薬、短剣、さらには大砲などの重火器の発見も期待できる。

「あらゆる物が良好な状態にあり、木材や皮革も完全な形で残っている」とシャブリツキー氏は説明する。「200年前に超大国と戦うには何が必要だったのか、そのすべてが詰まったタイムカプセルだ」。

◆自沈した船隊

 18隻のチェサピーク湾船隊は、イギリス海軍を打ち破ることはできなかった。しかし、1814年4月から8月にかけて大いに苦戦を強いたという。

 火力はイギリス海軍が勝っていたが、船隊は小回りの利く機動力を十分に活用した。攻撃に苛立ったイギリス軍は、メリーランド州沿岸を略奪して燃やす破壊的な作戦に出た。

 最終的に、チェサピーク湾船隊はメリーランド州ブラーデンスバーグ近くのパタクセント川で包囲されてしまう。1814年8月22日、敵の手に落ちることを逃れるため、すべての船が自沈した。

 8月24日、この地域で展開した「ブラーデンスバーグの戦い」においてアメリカ軍は敗北する。同日、イギリス軍はワシントンD.C.に侵攻し、大統領府と国会議事堂を焼き払った。

 ただし、五大湖方面の戦線ではアメリカ軍が勝利し、戦局はアメリカ優勢に傾く。なお、防衛を果たした1814年9月の「マクヘンリー砦の戦い」でフランシス・スコット・キーは、後にアメリカ国歌「星条旗」となった詩を作っている。

 1814年冬までには、両国とも和平交渉を進める機運が高まり、12月に「ガン条約」が結ばれて米英戦争は終結した。

◆嵐が船を守る?

 パタクセント川の沈没船が200年たった現在でも保存状態が良いのは、いくつかの条件が重なったおかげだという。

 まず、1821年にアメリカ東海岸を巨大なハリケーンが襲っており、チェサピーク湾とそこに流れ込む川では大規模な高潮が発生した。この高潮により、沈没船は砂や泥で覆われたと考えられる。そのため空気が押し出され、木製の船は密閉状態となり、経年劣化を免れることができた。

 また、冷たい淡水の川であることも重要だ。温かい海水ではさまざまな化学反応が発生し、分解が進んでいたはずである。さらに、沈んでいる場所は水深3メートル未満であり、過度な水圧がかからずに済んだ。

◆立ち向かう姿

 囲い堰は2013年4月に建造され、発掘にはおよそ5カ月かかる予定だ。船を復元する予算はないため、調査後は再び泥で覆うことになるという。

 シャブリツキー氏は次のように話す。「この船は、若いアメリカ海軍が世界の超大国イギリスに挑んだ証しだ。アメリカ史の解明に貢献するだけでなく、信念のために立ち向かう素晴らしさを今の私たちに伝えてくれるだろう」。

Photograph courtesy Naval History and Heritage Command, U.S. Navy

文=Willie Drye

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