電気自動車とエジソン、車と燃料の歴史

2012.05.25
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1900年代初頭、発明家トーマス・エジソンは電気自動車(EV)こそが輸送機関の未来形だと考えていた。エジソンは電球や映画技術などの発明でよく知られているが、ニッケル・鉄系の「エジソン電池」を使用したEVも3台設計している(左端に立つのがエジソン)。

Photograph courtesy Thomas Edison NHP, NPS/DOI
 1900年代初頭、発明家トーマス・エジソンは電気自動車(EV)こそが輸送機関の未来形だと考えていた。エジソンは電球や映画技術などの発明でよく知られているが、ニッケル・鉄系の「エジソン電池」を使用したEVも3台設計している(左端に立つのがエジソン)。 1910年9月にはプロモーション活動の一環として、ニューヨーク・ニューハンプシャー間の約1600キロを走破した。「理想的な旅(ideal tour)」と題され、途中で充電を重ねながら走行、最終関門はニューハンプシャー州ワシントン山の登坂だった。

 このツアーで使用されたエジソン電池は持続時間、軽量性ともに従来の鉛蓄電池を上回っていた。しかし、この15年以上前から、EVはすでに普及し始めていたという。1899年と1900年のアメリカでは、あらゆるタイプの自動車の中でEVの販売数が1位を記録している。1903年のロンドンでも、内燃機関のエンジン車より多く販売された。

 しかし、EVが最初に隆盛を極めた時代はそれほど長くは続かなかった。エジソン電池が開発された時期は、圧倒的なコストパフォーマンスで市場を席巻したT型フォードの発売とも重なっていた。ただしフォード社創業者のヘンリー・フォードも、1914年ごろまでは低コストEVの開発プランを温めており、同年1月にはこう語っている。「ボトルネックは、充電なしで長距離を走行できる軽量の蓄電池の開発だ」。親しい間柄にあったエジソンとフォードは、183キロほどのバッテリー機器を含む総重量約500キロのEVを、600ドル前後で販売するビジョンを描いていたという。「実現できれば、大型で高価、重いEVよりもずっと優れた製品になる」とフォードは期待していた。

 EVの推進システムの基本設計と、電気モーターを駆動させる充電式バッテリーパックは、エネルギー効率の面で内燃エンジンよりも優れている。米国エネルギー省によると、電気モーターは、バッテリーに蓄えられた化学エネルギーの75%を動力に変換できるという(エネルギーの一部は熱として排出される)。一方、エンジンの場合は、ガソリンが生み出すエネルギーの8割が無駄になる。エジソンが抱いた夢から1世紀が経ち、最新式のEV「テスラ・ロードスター」と、販売間近のセダンタイプ「テスラ・モデルS」の開発元であるテスラモーターズ社は、ロードスターモデルの変換効率は88%と発表している。

 フォードとエジソンのプロジェクトは、バッテリーの問題が一因となり最終的には頓挫した。電気技術者協会(IEE)と、ソサエティ・オブ・オートモーティブ・エンジニアズ(SAE)が公開しているEVの歴史資料によると当時、最後に作られたEVは「オートマティック(Automatic)」という1921年モデル。最高時速約40キロ、1回の充電で約96キロを走行できたが、価格は当時主流だったT型フォードの4倍以上、1200ドルだったという。

Photograph courtesy Thomas Edison NHP, NPS/DOI
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