LR実験では、火星の土壌を採取し、これに栄養素と放射性炭素原子を含んだ水が少量加えられた。土壌中に微生物が存在すれば、栄養素を代謝して放射性二酸化炭素またはメタンガスを放出するはずであり、それが探査機に積んだ放射線検出器によって計測されるというわけだ。
同時に、複数の対照実験も行われた。火星の土壌サンプルを数種類の温度まで熱したり、また別のサンプルを光のない環境に何カ月も置いたりといった実験だ。このような条件下では、光合成をする微生物、または光合成生物に依存する微生物は死滅するはずだ。これら対照実験用のサンプルにも、栄養素を溶かした水が添加された。
その結果、LR実験は生命の存在を示し、対照実験は生命の存在を示さなかった。この結果に、当時の多くの生物学者が歓喜した。
「栄養素が土壌サンプルと混ざったとき、1分当たりの(放射性分子の)数値は1万カウントほどになり」、火星の自然なバックグラウンド放射線の数値である(毎分)50~60カウントから急増したと、今回の研究に参加した南カリフォルニア大学(USC)の神経生物学者ジョセフ・ミラー(Joseph Miller)氏は述べている。同氏は以前、NASAのスペースシャトル計画のディレクターを務めた経験もある。
しかし残念なことに、バイキングが行った他の2つの実験は、LR実験の結果を裏付けるものではなかった。他の2つの実験は生命の存在を示さなかったため、NASAは生命存在の可能性は認められないと結論づけた。
今回の研究では、データを生物の痕跡と非生物の痕跡とに分類する数学的手法を用いて、バイキングが収集したLR実験のデータを解析した。その結果、ミラー氏のチームは、LR実験は火星の土壌から微生物の痕跡を確かに発見していたとの結論に達した。
◆火星のデータをクラスター解析
今回の研究でミラー氏はイタリア、シエナ大学の数学者ジョルジオ・ビアンチャルディ(Giorgio Bianciardi)氏とともに、クラスター解析と呼ばれる手法を用いた。類似したデータ集合同士をグループ分けする解析手法だ。
「(バイキングが行った実験および対照実験の)全データをクラスター解析を用いて分類した。その結果、2つのクラスターが生じた。1つは生命の存在を示した2度の実験データからなるクラスター、もう1つは5度の対照実験データからなるクラスターだ」とミラー氏は述べている。
結果の正当性を裏付けるため、研究チームは、地球の生物由来であることが確実な計測データ(ラットの体温計測データなど)、および非生物由来の純粋に物質的な計測データを用いて、これらをバイキングのデータと比較した。
「地球の生物由来のデータはすべて、生命の存在を示したバイキングの実験データと同じクラスターに分類され、非生物由来のデータはすべて、対照実験のデータと同じクラスターに分類された。きわめて明快な結果だ」とミラー氏は述べている。
ただし、この結果だけでは、火星に生命が存在する証拠にならないことは研究チームも認めるところだ。「生命の存在を示した実験と対照実験のデータには大きな違いがあることがわかったにすぎない」とミラー氏は述べている。
◆“火星の概日リズム”の証拠
それでも、今回の結果はミラー氏が以前に行った研究と整合する。先行研究では、バイキングのLR実験の結果から、火星の概日リズムの兆候が見出された。
概日リズムは、微生物を含め、あらゆる既知の生物に内在する時計であり、歩行、睡眠、体温調節などの生物学的プロセスの制御に役立っている。
この時計は、地球上では24時間周期となっているが、火星では火星の1日の長さと同じ約24.7時間周期となるはずだ。
先行研究においてミラー氏は、LR実験における放射線の計測数値が、火星の1日の長さと同じ周期で変動していることに気づいた。
「詳しく見てみると、(放射性ガスの計測数値が)日中には上がり、夜間には下がっているのがわかる。(中略)この変動周期は24.66時間で(火星の1日と)ほぼ同じだ」とミラー氏は述べている。「これは概日リズムと言ってよく、そして概日リズムは生命の存在を示す十分な兆候だとわれわれは考えている」。
◆待たれる決定的証拠
NASAの次の火星ミッションとなるマーズ・サイエンス・ラボラトリ、愛称「キュリオシティ(Curiosity)」は、2012年中に火星に到達する見込みだ。ミラー氏は、この火星探査車が自分たちの説を裏付ける証拠を見つけてくれると期待している。
「(火星の生命に関する)仮説を直接検証することはないだろうが、メタンを検出することは可能なはずだ。大気中に放出されるメタンに概日リズムが認められれば、われわれの研究結果と十分に一致する」とミラー氏は述べている。
火星の生命に関する今回の研究成果は、「International Journal of Aeronautical and Space Sciences」誌のオンライン版に掲載された。
Image courtesy NASA