今回の研究では、ハクジラがクリック音の照準を指向性ビームのように調節し、高速移動するエサを効果的に追跡できることが示された。
研究チームのリーダーでアメリカのハワイ州ホノルルにあるハワイ大学の動物学者ローラ・クロッパー(Laura Kloepper)氏は、「ハクジラの生活にとって、エコーロケーションがいかに重要か明らかになった」と話す。
「水中では、捕食動物と獲物の間で常に駆け引きのダンスが繰り広げられている。エサにする魚の位置だけでなく、その種類まで特定する必要があり、照準調節が必須になるのは当然だ」。
◆いたずら好きのクジラ
研究チームは、ハクジラの一種であるオキゴンドウ1頭を研究対象に選んだ。ハワイ大学で20年以上飼育されており、名前は「キナ(Kina)」。クロッパー氏に水しぶきをかけるいたずらが大好きだという。
クロッパー氏は、「いつまで経っても止めないので、いつも機材を傘で守るようになった」と振り返る。「私が慌てふためくところを見るのが楽しくてたまらないらしい」。
最初の実験では、キナに対し、水中に設置したフープ(輪)まで泳ぐように訓練した。このフープに頭を突っ込むと胸ビレでつかえて、実験中にキナの位置が変化しないようになっている。次に、防音ドアを下ろし、キナがターゲットに対して行うエコーロケーションを記録。ターゲットはトイレットペーパーの芯サイズの中空シリンダーである。
キナは以前から、この特製シリンダーの厚みを認識できたら通知ボタンに鼻で触れて知らせるよう訓練されている。成功すると、報酬として魚が与えられる。また、厚みの異なるシリンダーだった場合にはじっとしているように学習している。
クロッパー氏の研究チームは、キナのエコーロケーション能力をテストするため、2種類の比較用シリンダーを用意。一つは基準となるシリンダーよりかなり厚く、キナは容易に検知できる。もう一つはわずかに厚いだけで、正確に反響音を聞き分けることは難しい。
実験は数週間かけて行われ、テストのたびにキナとシリンダーの距離はランダムに変更された。
◆眼のようなピント調節機能を持つクジラのソナー
キナがさまざまなターゲットに対してエコーロケーションを行う間、継続して発せられる音波を装置内の各所に配備された水中マイクによって測定した。このデータを基に、キナのいろいろな音波を再現する統計的アルゴリズムが作成された。
「その結果、音波の形状がシリンダーの距離と種類に応じて変化していることが明らかになった。ちょうど、眼が物をとらえるときに常に焦点を調整し続けるのと同じだ」とクロッパー氏は説明する。
研究チームの一員で同じくハワイ大学の動物学者ポール・ナハティガル(Paul Nachtigall)氏は、「エコーロケーションにはメロン体という脂肪組織が関与していると考えられている。これほど高性能な音響レンズの役割を果たすとは驚きだ」と話す。
アメリカのカリフォルニア州サンディエゴに拠点を置く非営利団体「全米海洋哺乳類財団(National Marine Mammal Foundation)」で生物学および生物音響学研究部門の代表を務めるドリアン・ハウザー(Dorian Houser)氏は、今回の研究を受けて次のように述べた。「クジラ類のエコーロケーションは驚くほど柔軟な性質を備えている。しかし、これまでほとんど注目を集めることがなく、2008年にようやく本格的な研究が始まった。
今回の調査により、クジラがエコーロケーションの幅と周波数成分を変化させて、発する音波を調節していることが明らかになった」。
ただし、エコーロケーションにはまだ数多くの謎が残っている。例えば、研究チームは今後の研究課題として、「大音量のクリック音を発している最中も、なぜ正確に聞き取ることができるのか」を掲げている。
ハウザー氏は、「クジラのエコーロケーション能力についてはまだ謎が多い」と語る。
今回の研究は、「Journal of Experimental Biology」誌4月15日号で発表された。
Photograph by David Fleetham, Visuals Unlimited, Inc./Getty Images