極限環境に暮らすタフなバクテリアの発見は、生物学者はもちろん、地球外生命体を探査する研究者にとっても興味深いニュースといえる。
「木星の衛星エウロパや土星のエンケラドスの氷殻の下など、宇宙の彼方にある暗黒の海と環境がよく似ている可能性がある」と、NASA太陽系探査の副主任研究員を務める宇宙生物学者ケビン・ハンド氏は語る。
「地球生物の極限を研究すれば、地球外の生存可能環境に関する理解を深めることができる」。
◆ブルーホールで繁栄する生命
陸地に形成された陥没穴が海中に沈むとブルーホールとなる。世界で最も深いブルーホールの1つ、バハマ諸島のディーンズ・ホール(Dean's Hole)は水深202メートルで、通常の陥没穴より約2倍も深い。
ブルーホールの深淵の底は酸素が乏しく日光も届かない。比重の軽い淡水が“ふた”となって海水を閉じ込めている場合が多く、淡水と海水の層で分かれている。エサも少なく、他の海洋で馴染み深い命溢れる豊かな環境とは一線を画した不思議な領域だ。
しかし、生息が難しいはずの洞窟の底に、エビ、水生ダニ、カイアシなど甲殻類を中心とした多彩な生態系が形成されているのである。
海洋生物学者トム・アイリフ(Tom Iliffe)氏は、約30年にわたって数百もの水中洞窟の生態系を潜水調査してきた。これまでの研究対象は食物連鎖の上位に位置する生物達だが、肝心な点が明らかになっていなかった。
「いったい彼らは何を食べているのか? 周辺にエサがあるはずだが、ブルーホールの底に植物は存在しない」。そこで同氏は今回のバハマ諸島の調査に乗り出したのである。
「栄養の摂取源は微生物だった。バクテリアなどの微細な生命体を食べていたのだ」。
◆ブルーホールの壁面をびっしりと埋める微生物
アイリフ氏と大学院生のブレット・ゴンザレス氏は、バハマ諸島にあるソーミル・シンク(Sawmill Sink)、チェロキー・ロード・エクステンション(Cherokee Road Extension)、サンクチュアリ(Sanctuary)の3つのブルーホールで潜水調査を実施。各深度における水温、塩分濃度、酸性度のほか、酸素濃度と硫化水素濃度も測定した。
また、微生物コロニーの標本を採取し持ち帰った。「あるブルーホールでは、壁一面に微生物が繁殖し、その厚さは2センチを越えている」とアイリフ氏は振り返る。
◆次はエウロパの海?
持ち帰ったバクテリアをペンシルバニア州立大学のジェン・マカラディ(Jenn Macalady)氏が遺伝子解析した結果、その多くが未知種と判明。太陽光がほとんど届かない環境下でも生息可能で、硫化水素だけをエサとする種もいた。
その主な生息場所は淡水と海水が混じり合った薄い塩分躍層付近で、NASAのハンド氏によると、このような層は衛星エウロパの氷層下にも存在する可能性があるという。
NASAでは、エウロパの探査ミッションがいくつか構想段階にある。「運が良ければ2020年ごろ、氷の下に広がる海と生命の可能性を探れるかもしれない」とハンド氏は期待する。
一方、アイリフ氏は今後、他のブルーホールの微生物コロニーも採取・比較する予定だ。このような極限環境を生き抜く戦略に違いがあるかを調べるという。
今回の研究は2011年11月、「Hydrobiologia」誌オンライン版に掲載された。
Photograph courtesy Tamara Thomsen