埋葬用の剣、中世東欧の墓地発見

2011.12.15
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ポーランドのワルシャワ近郊で10世紀末~11世紀初頭の墓が発見された。埋葬されていた遺体「若き戦士(Young Warrior)」の傍らからは剣が出土。ただし、実際に戦闘で使用された可能性はほとんどないという。銀の装飾が施されており、高価で実用性に欠けているためだ。墓地からはさまざまな武器が発掘されており、被葬者の謎を解明する大きな手掛かりとなるだろう。

Diagram courtesy Andrzej Buko
 ポーランドのワルシャワ近郊で10世紀末~11世紀初頭の墓が発見された。埋葬されていた遺体「若き戦士(Young Warrior)」の傍らからは剣が出土。ただし、実際に戦闘で使用された可能性はほとんどないという。銀の装飾が施されており、高価で実用性に欠けているためだ。墓地からはさまざまな武器が発掘されており、被葬者の謎を解明する大きな手掛かりとなるだろう。 発掘チームのリーダーでポーランド科学アカデミー(PAN)考古学・民族学研究所の所長アンジェイ・ブコ(Andrzej Buko)氏は、「副葬品の剣や戦斧(せんぷ)はバイキング様式で、スラブのデザインではない」と話す。

 この墓地で埋葬が行われた時代、バイキングの戦士たちは東ヨーロッパで極めて重要な役割を果たしていた。当時の東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の首都コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)では、皇帝を護衛。現在のウクライナの首都キエフを中心とするキエフ大公国の君主には傭兵(ようへい)として仕えた。

 また、10世紀のポーランドを統治していたミェシュコ1世の側近も、多くはバイキングだった。ブコ氏は次のように推測する。「この墓地に埋葬された男たちはバイキングの戦士と考えられる。ミェシュコ1世以外の中世の君主に仕えていた可能性もある」。

Diagram courtesy Andrzej Buko
  • このエントリーをはてなブックマークに追加