インドネシアの熱帯雨林保護のカギはサトウヤシだと主張する科学者のウィリー・スミッツ氏。同氏が開発したシステムでサトウヤシからバイオ燃料を生産すれば、地元住民にも労働機会が増えるという。

Photograph courtesy Eric Rasmussen
 インドネシアで樹木からバイオ燃料を生成するプロジェクトが進んでいる。主導するのは、熱帯雨林の研究者ウィリー・スミッツ氏。インドネシアで熱心な環境保護活動に取り組む人物として知られ、30年以上、東南アジアの島々で生態系の研究に取り組んできた同氏の洞察力が産んだプロジェクトだ。同氏は、ある植物を利用すればバイオ燃料の生成に加えて環境保護にもつながり、同時に地元住民の食料確保にも役立つと訴えている。それはサトウヤシだ。 スミッツ氏は「タパジー(Tapergie)」という会社を自ら設立、サトウヤシの収穫および加工システムを独自に開発した。詳しく調査した専門家も、二酸化炭素の排出量増加にはつながらないと太鼓判を押している。「ヤシの樹液は水と糖が主成分。必要なのは雨と日光と二酸化炭素だけで済む」とスミッツ氏は語る。

 スミッツ氏がナショナル ジオグラフィックの資金援助を受けて立ち上げたこのプロジェクトは、持続可能燃料の新たな供給源を生み出すと同時に、この地域が陥っている貧困と環境破壊の悪循環を解消する可能性も秘めている。

◆バイオ燃料が森林を脅かす

 タパジー社のサトウヤシ加工施設はインドネシアの北スラウェシ州トモホンに建設され、2010年に操業を開始。さらにスミッツ氏は、近隣の島々で「ビレッジハブ(Village Hubs)」という小規模施設を運営する計画だ。どちらも、熱帯雨林の破壊につながるアブラヤシを原料としたバイオ燃料生産とはまったく異なる方式で運営される。

 ここ10年間、東南アジアでは、アブラヤシの果肉や種子を原料とするヤシ油への需要が急激に高まっている。背景には、ヨーロッパ諸国が石油燃料からバイオ燃料への転換を模索し始めた事情がある。二酸化炭素排出量を削減するために打ち出した政策で、遠いアジアがツケを払わされる事態を生んでいる。アブラヤシの単作を拡大するため、広大な熱帯雨林が伐採され、泥炭地が焼き払われたからだ。熱帯雨林の破壊に伴う大気中の二酸化炭素量増加により、インドネシアはエネルギーの大量消費国である中国やアメリカに次ぐ世界有数の温室効果ガス排出国になってしまった。

 オランダ出身のスミッツ氏は、第2の故郷インドネシアでアブラヤシを原料とするバイオ燃料が大量生産され、さまざまな弊害を生み出していると世界中に警鐘を鳴らしている。

◆「最も優れた樹木」

 一方、サトウヤシは森林保護につながる利点を数多く備えているとスミッツ氏は説明する。まず地中深くに根を張るため、ほぼ垂直に切り立った急斜面でも栽培可能で、土地の浸食を防いでくれる。また、水分をあまり必要としないサトウヤシは干ばつに強く、森林火災も起こりにくい。火山島で栽培するには重要な特性である。さらに害虫や疫病に対しても抵抗力があり、肥料はまったく必要としない。それどころか、サトウヤシが育つ森林は土壌が肥えるという。

 過去数十年間、すっかり破壊されてしまったインドネシアの熱帯雨林再生のカギとして、スミッツ氏がサトウヤシに目を付けたのも十分に納得できる。

 アメリカ、コロラド州スノーマスにあるロッキーマウンテン研究所で所長兼主任研究員を務めるエネルギー専門家エイモリー・ロビンス氏は次のように語る。「サトウヤシはアブラヤシとは対極的な存在だ。これほど優れた樹木には出会ったことがない」。ロビンス氏はスミッツ氏のアイデアを耳にして以来、プロジェクトを積極的に後押ししている。

 スミッツ氏によると、特殊な構造のサトウヤシの葉は、一年中生え変わるため光合成の効率が極めて高い。バイオ燃料の原料として世界中で使用されている他の植物に比べて、エタノールの生産効率が非常に良いのだという。同氏の方法によれば、1ヘクタールあたり年間19トンのエタノールを生成できる。アメリカ農務省が公表した最新の資料では、アメリカ国内のトウモロコシの場合、1ヘクタールあたり年間3.3トンに過ぎない。またアメリカ環境保護庁の分析では、ブラジルのサトウキビは1ヘクタールあたり年間4.5トン。サトウヤシの持つ能力は驚愕に値することが分かるだろう。

 ただサトウヤシにも問題点はある。雑多な植物が繁茂する森林で最もよく育つサトウヤシは、トウモロコシやサトウキビ、アブラヤシなどと違い、農地一面に整然と植え付ける単作には向いていない。

 また、栽培にも手間が掛かる。最適な成長のためには、雄花を付けた花柄(かへい)から1日2回必ず樹液を採取しなければならない。しかも、1本ごとに花柄の先端から薄層を切り取るという熟練した技術が要求される。種子に貯えられるべきエネルギーを一部“搾取”して、サトウヤシの寿命を延ばすための作業だ。採取した樹液は直ちにしかるべき環境下で保存しなければ、発酵が制御不能になる。スミッツ氏によると、樹液採取の機械化は不可能だという。

 ロッキーマウンテン研究所のロビンス氏は次のように述べる。「アブラヤシから油を採取する場合に比べると、5~20倍の労働力が必要となる。能率的な単一栽培が最善だと考えている人々からすれば、不経済きわまりないだろう。だがスミッツ氏は、これこそが人々の暮らしを助けることになると考えた」。

 スミッツ氏が建設を計画しているのが、小規模なサトウヤシ加工施設「ビレッジハブ」のネットワークである。労働集約型で機動性が高いビレッジハブは、周辺各地域にインフラや重要な経済機会を提供できるという。

◆森林保護と一体化した生産

 トモホンの工場では持続可能エネルギーの導入にも配慮し、稼働に必要なエネルギー源として地熱(州のエネルギー会社から購入した廃熱)が利用されている。従来は、膨大な量の樹木を伐採しそれを燃料にしてヤシの樹液を煮詰めるなど、環境をまったく無視した方法でヤシ糖を製造していた。しかし、工場の稼働をきっかけにクリーンエネルギーへの転換が始まっている。サトウヤシから生成されたバイオ燃料は、バイクやカート、小型の機械や発電機などのほか、特殊な料理用コンロにも燃料として使用されている。

 シンガポールやボルネオ島では過去にも、繊維や砂糖を製造するためにサトウヤシを栽培する試みが行われたが、いずれも失敗に終わった。だがスミッツ氏は勝算があると見ている。

 サトウヤシは大きな可能性を秘めているが、それは生産活動と環境保護とが一体となって初めて実現されるとスミッツ氏は言う。ロビンス氏も、「2つの要素は、スミッツ氏のシステムの中で不可分の関係にある。土地や森林そのものを保護するうえで不可欠だと思う」と語っている。

 スミッツ氏は、稼働が始まるビレッジハブの成果を2012年に公表する予定である。

Photograph courtesy Eric Rasmussen

文=Marianne Lavelle