自力でヒマラヤを飛び越えるインドガン

2011.06.13
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後頭部2本の黒帯模様が特徴的なインドガン(資料写真)。ヒマラヤ山脈を8時間で飛び越える能力を持つ。

Photograph by Darlyne A. Murawski, National Geographic
 アジアに生息するガンの一種、インドガン(学名:Anser indicus)は、世界で最も高く飛ぶ鳥と判明した。わずか8時間でヒマラヤ山脈を飛び越えるという。 研究チームの一員でイギリスにあるバンガー大学の生物学者ルーシー・ホークス氏は、「その姿からはとても“スーパーアスリート”には見えないが、実は素晴らしい能力を秘めている」と話す。

 2009年、ホークス氏の研究チームはインドに住む25羽のインドガンにGPS発信器を取り付けた。その後、春が近づくと繁殖地のモンゴル高原周辺に向けて旅立った。

 目的地にたどり着くには、ヒマラヤ山脈を飛び越える必要がある。インド亜大陸とチベット高原を隔てる世界で最も標高の高い地域で、標高8850メートルの世界最高峰、エベレスト(チョモランマ)もそびえている。

 GPSの記録によると、インドガンは最高高度6437メートルにまで達していたことが判明した。渡りの期間はおよそ2カ月、移動距離は最大8000キロに及ぶ。

 2カ月間に何度も休憩するが、ヒマラヤ越えは例外で一気に飛び越えている。しかも、平均約8時間で向こう側に到達する。「人間がこのような激しいペースで登山したら、適切に順化できず死んでしまう」とホークス氏は語る。

「湖から飛び立つときに長いこと羽ばたいているのを見た経験があると思うが、離陸は消耗するんだ。“休む、飛び立つ”を繰り返すよりも、飛び続けた方が楽なのかもしれない。山越えの予定を遅らせたくないという面もあるだろう」。

 さらに興味深い事実も判明した。インドガンは山越えを自分の筋力だけで完遂しており、追い風や上昇気流の助けをほとんど利用していなかったのである。

 研究チームのリーダーで同じくバンガー大学の生物学者チャールズ・ビショップ氏は次のように話す。「高高度飛行する鳥類のほとんどは、筋肉で羽ばたかずに、上昇気流を利用した帆翔(はんしょう、ソアリング)や滑空(かっくう、グライディング)で高度を上げる」。

 一方、インドガンは力強く羽ばたき、あれほどの高度に達する。ただし、あまり優雅な姿とはいえないかもしれない。

 外見からはあまりわからないが、自力で渡りを達成できるようさまざまな生理学的な仕組みを適応進化させている。例えば、インドガンはほかの鳥に比べて毛細血管が多く、赤血球の働きも効率が良いことがこれまでの研究で知られている。つまり、筋細胞に大量の酸素を迅速に送れるような仕組みを備えているのだ。

 また、ほかの鳥に比べて飛翔筋(ひしょうきん)に含まれるミトコンドリアの数も多い。ミトコンドリアはエネルギー生成をつかさどる細胞内小器官だ。

 過呼吸に対する耐性も際だつ。過度に速く呼吸を繰り返しても、人間のように目まいを起こしたり気を失ったりしない。「過度の呼吸で、血液に取り込む酸素の量を増やすことができる」とホークス氏は説明する。

 今回の研究以前は、山脈沿いに上昇し山頂を吹き抜ける日中の風を利用してヒマラヤを越えていると考えらえていた。しかし、調査の結果、インドガンは夜に山を越えていた。この地域では、夜はそれほど風が吹かない。ビショップ氏は、「おそらく、午後に吹く強風を避けているのだろう。渡りが難しくなり、危険が増す」と推測する。

 また、「なぜ遠回りせずに直接ヒマラヤを飛び越えていくのか」という点については、「インドガンは、ヒマラヤ山脈がもっと低かった数千万年以上前から、このコースで渡っていた」という説がある。

 ホークス氏は次のように述べる。「ガンは鳥類の中でも比較的歴史の古い種族だ。インドガンが初めて独立した種として進化したとき、ヒマラヤ山脈が現在ほど高くなかった可能性は十分にあり得る」。

 今回の研究成果は、6月7日発行の「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌に掲載されている。

Photograph by Darlyne A. Murawski, National Geographic

文=Ker Than

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