2003年、スペイン北部のアストゥリアス州で見つかったダイオウイカのメスの死骸。

Photograph by Fernando Camino, Cover/Getty Images
 約10年前にスペイン沖でダイオウイカの死骸が複数見つかった際、船舶の強力なパルス音が致命的なダメージの原因と推測されていた。今回、その証拠となり得る研究成果が発表された。 人間の活動で発せられる低周波音が、クジラなどの海洋哺乳類だけではなく、イカをはじめとする頭足類にも影響を及ぼす可能性が判明した。海洋哺乳類が低周波のパルス音に弱いことは以前から指摘されている。

「研究結果は、海洋の騒音公害の影響を受ける海洋生物がこれまでの想定よりはるかに多いと示唆している」と、研究を率いたミシェル・アンドレ(Michel Andre)氏は言う。同氏はバルセロナにあるカタルーニャ工科大学で海洋生物音響学を研究している。

「海洋の騒音が、“自然のソナー(音波探知機)”を使用して移動や狩りをするイルカやクジラに多大な影響を与えることは既にわかっていた。今回、聴覚に依存しないとされる無脊椎動物にも深刻な影響を及ぼすと初めて明らかになった」。

 2000年代初頭にスペイン北部のアストゥリアス州沖で複数のダイオウイカの死骸が見つかった。いずれもこの海域で船舶のエアガンによって低周波パルス音が放射された直後である。一部は、石油・天然ガスの探査が目的だったという。

 当時の調査によると、回収したダイオウイカの死骸は外套膜がどろどろになり、筋肉の損傷、平衡胞の障害が見られるなど、身体全体に多大なダメージを受けていた。平衡胞は体液で満たされた平衡感覚器官で、ダイオウイカの場合は眼の後ろにあり、バランスと姿勢を保持する役割を果たす。

 当時調査に携わったスペイン海洋学研究所の海洋生物学者アンヘル・ゲラ(Angel Guerra)氏は、「探査船の騒音は頭足類などの海洋生物に悪影響を及ぼす」という仮説を立てた。「当時は証明できなかったが、今回の研究は低周波音が頭足類にダメージを与えることを裏付けてくれた」とゲラ氏はコメントを寄せている。

 研究チームは、頭足類4種(イカ類2種、タコ類1種、コウイカ類1種)の計87匹に対して、50~400ヘルツの低周波音を157~175デシベルの強さで2時間暴露させ、影響を調査した。

「実験に使用した周波数と音の強さは、海軍のソナー演習や石油・天然ガス資源の探査など多くの海洋活動で発生する標準的なレベルを想定した」と、カタルーニャ工科大学のアンドレ氏は説明する。

 調査チームは、暴露終了直後と最大96時間後に被験動物を絶命させた。暴露直後の個体群では、平衡胞の組織に損傷の兆候が見られた。特に平衡胞の細胞内にある毛髪のような微小構造が損失していた。頭足類が水中を移動する際、この構造が曲がることによって平衡感覚が保持されるため、ダメージを受けると正常な動作が基本的に不可能となる。

 時間をあけてから絶命させた個体では、平衡胞の組織に大きな穴が開くなど、損傷の程度はさらに著しかった。

「実験対象となった頭足類はダイオウイカよりもサイズがはるかに小さいが、起きた現象は同じだと考えられる」とスペイン海洋学研究所のゲラ氏は指摘する。「この10年間に見つかったダイオウイカの損傷状態は、実験で受けた傷よりもはるかに深刻だった。実験よりも音が強く、騒音源が複数あったせいだと考えられる」。

 一方、米国海洋大気庁(NOAA)の海洋動物学者マイケル・ヴェッチオーネ(Michael Vecchione)氏は、「まだ確信はできない」と注意を促す。「“警鐘を鳴らす”には十分な証拠だが、人工的な騒音公害により海洋生物に広大な被害が及んでいる確かな証拠を示すにはさらなる研究が必要だ」。

 今回の研究成果は、「Frontiers in Ecology and the Environment」誌に掲載される予定。

Photograph by Fernando Camino, Cover/Getty Images

文=Ker Than