最古の高層建築、恐怖心から建造か?

2011.03.11
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地中深く埋まっていた「エリコの塔」。かつては地上3階建ての高層建築物だった。

Photograph from BibleLandPictures/Alamy
 ヨルダン川西岸地区に位置する最古の町エリコには、遠い昔の周壁がいまなお残る。併設された1万1000年前の3階建て石造建築物「エリコの塔」は、50年以上前から専門家の注目を集めてきた。しかし最新の研究成果は、夏至との関係性を示唆している。暗闇から市民を守る象徴的な存在だった可能性があるという。 当時のエリコ市民は遊牧生活から農耕社会へ移行を始めたばかりで、生活基盤がまだ確立されていなかった。どのようにして世界初の公共巨大建築物を建造したのだろうか。

 考古学者のブライアン・バード氏は、「当時の市民も相当困惑したはずだ」とコメントしている。同氏は今回の研究には関わっていない。

 最新のコンピューター・シミュレーションによると、夏至の夕刻には近くのカランタル山の影がまずエリコの塔にかかり、そのまま都市全体を飲み込むように拡大していくという。夏至は1年で最も昼が長く、これから夜が長くなる前触れの日でもある。

「ここに立地場所の謎が隠されている。古代の記憶をかすかに残す私たちにとっても、暗闇を招く日没には不気味さを感じることがある」と、イスラエルにあるテルアビブ大学の考古学者で研究共著者のラン・バルカイ(Ran Barkai)氏は解説する。

「暗闇への恐怖が心底にある。身を守るには大きなモニュメントが必要だと説得され、市民は重労働に参加したのだろう」。ただし、エリコの塔が暗闇からどうやって市民を守っていたのか、正確な方法はいまのところ不明だ。

 円筒形で壁が分厚い塔は、内部に塗壁の急階段がある。建設には100人日以上かかったようだ。当時としては前例のない大きさで、その後も同規模の建物はなかなか現れなかったという。

 発見当初は、敵の襲来や洪水を監視する見張り塔と考えられていた。しかし当時、エリコ周辺には強大な敵対勢力も危険な河川も存在しなかったと判明した。バルカイ氏は、「天文現象との関係に加え、コミュニティの強さと結束を象徴する意味合いもあった」と主張する。ちょうど人類が定住生活に適応しようと苦労していた時期だ。

 さらに同氏は、「権力者により人心操作が行われた世界初の明確な証拠」とも見ている。「為政者は日没や暗闇への恐怖心を巧みに利用し、市民を重労働にかりだしたのではないか。事実なら、人心操作は太古の昔からの常套手段らしい。感情の問題だから、考古学的には確認できないが」。

 農耕社会へと移行する途中で、狩猟採集民族に見られる合議制から、定住社会の統治に適した独裁制へ移行していた可能性が高い。

 もちろん、恐怖と喜びのどちらが動機になったのか、今となっては確認のしようがない。しかしバルカイ氏は後者の可能性を否定している。「喜びや幸福をもたらす支配者がこの世に存在したためしがない」。

 新しい研究成果は、「Antiquity」誌の3月号に掲載されている。

Photograph from BibleLandPictures/Alamy

文=Traci Watson

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