爆発しなかった、チャレンジャーの悲劇

2011.01.27
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
1986年1月28日、スペースシャトル「チャレンジャー」が白い煙と水蒸気に包まれた。この打ち上げ事故で高校教師のクリスタ・マコーリフ氏をはじめとする乗組員7人全員が犠牲となり、NASAの有人宇宙飛行計画は中断を余儀なくされた。

 チャレンジャーはフロリダ州ケネディ宇宙センターから発射された73秒後に爆発したと語られることが多い。しかし、「シャトル自体は爆発していない。“爆発”が通説となったのは、爆発したかのように見えた中継映像と、“爆発事故”と報道したメディアに原因がある」。ワシントンD.C.の国立航空宇宙博物館でスペースシャトルの学芸員を務めるバレリー・ニール氏はこう指摘する。

Photograph by Michele McDonald, Virginian-Pilot/AP
 1986年1月28日、スペースシャトル「チャレンジャー」が白い煙と水蒸気に包まれた。この打ち上げ事故で高校教師のクリスタ・マコーリフ氏をはじめとする乗組員7人全員が犠牲となり、NASAの有人宇宙飛行計画は中断を余儀なくされた。チャレンジャーにいったい何が起きたのか。悲劇から25年、記憶違いと誤報の裏に隠された真相をお伝えしよう。 チャレンジャーはフロリダ州ケネディ宇宙センターから発射された73秒後に爆発したと語られることが多い。

 しかし、「シャトル自体は爆発していない。“爆発”が通説となったのは、爆発したかのように見えた中継映像と、“爆発事故”と報道したメディアに原因がある」。ワシントンD.C.の国立航空宇宙博物館でスペースシャトルの学芸員を務めるバレリー・ニール氏はこう指摘する。

 NASAの関係者までもが、事故発生時は爆発したと誤って伝えていた。広報担当官スティーブ・ネスビット氏は、「飛行力学担当官より、機体が爆発したとの報告があった」と述べている。

 ニール氏によると、後の調査ではるかに複雑な事態が明らかになったという。まず外部燃料タンクが破損し、中の液体水素と液体酸素の推進剤がすべて漏れ出た。これらが混ざって発火し、上空に巨大な火球が生じたが、この時点ではシャトル自体に損傷はなかった。だが、すぐに安定を失う。

「オービター(軌道船)は機体下方で発生した異常事態を検知し、制御システムが正しい姿勢を保とうとこらえていた」とニール氏は説明を続ける。

「最終的に燃料タンクが外れた。シャトルは高速で上昇を続けたが、固体燃料補助ロケット(SRB)とタンクを失って過大な空力負荷に耐えられず空中分解が始まる」。

「まず尾部とメインエンジン、次に両翼がもげた。乗員室と機体の前方部分も貨物搭載室から分離。巨大な破片が空中を舞い落ち、海面にたたきつけられた」。

Photograph by Michele McDonald, Virginian-Pilot/AP
  • このエントリーをはてなブックマークに追加