ジェームズタウンで発見された粘土を焼き固めるための小型の炉(破片)と、製作されたパイプ。

Photograph courtesy Michael Lavin, Jamestown Rediscovery
 アメリカ大陸初のイギリス人永住植民地であるバージニア州ジェームズタウンで、約400年前のパイプの破片が複数発見された。専門家の話では、イギリス人入植者による彫刻物としてはこれまでで最古だという。 パイプには、ウォルター・ローリー卿など名立たるイギリス紳士達の名前が刻まれている。当時ジェームズタウンで盛んに行われていた貿易事業への出資を集める目的があったようだ。

 官民共同でイギリス植民地時代の史跡の保存や調査を行っているヒストリック・ジェームズタウンの発掘責任者ウィリアム・ケルソー氏は、「パイプから、入植活動の背後にあった当時のロンドンにおける政治、社会の複雑なネットワークをうかがい知ることができる」と語る。

 パイプは陶器でできた、いわゆるクレイパイプ。専門家の話では1608~1610年頃に作られたと見られ、ジェームズタウンでのパイプ製造に関する新たな資料としても注目されているという。

 当時困窮していたジェームズタウンの入植者が生活していくためには、資金や物資を提供するバージニア会社の出資者にうまく取り入る必要があった。そのため、パイプの破片に刻まれた8人の名前(一部は推測)にジェームズタウンへの出資者が含まれている可能性は十分にある。

 ケルソー氏は、「入植者たちが自らの商才を示すとともに、バージニア会社の幹部やイギリス人名士らの機嫌を取る意味合いがあったのではないか」と説明する。ただし、パイプがイギリス本国にいた彼らの手元へ届いたのかどうかは不明だという。

 ウォルター・ローリー卿の名前が刻まれていたことについて、ケルソー氏は意外だと話す。ローリー卿は、16世紀後半に推し進められたロアノーク島(現在のノースカロライナ州)への入植活動に対して資金援助を行ってはいるが、ジェームズタウンに直接的な関係はなく、しかもパイプの製作時期にはロンドン塔に幽閉されていたからだ。

 ローリー卿はイギリスに喫煙の習慣を広めた人物と目されている。名前を刻んだジェームズタウン製パイプをローリー卿へ献上し、お墨付きを得ようとしたのではないかとケルソー氏は推測する。

「ジェームズタウン再発見プロジェクト(Jamestown Rediscovery project)」で史跡の管理責任者を務めるブライ・ストラウブ氏によると、イギリス人がクレイパイプを使い始めたのは、ロアノーク島で原住民がタバコを吸う様子を目にしてからだという。原住民のパイプがイギリス本国へ運ばれた1585年以降、ローリー卿のスタイルが流行するのに伴って、パイプ人気がしだいに高まっていった。

 パイプの破片が発見されたのは2009年秋。場所は、探検家のジョン・スミスが1608年にジェームズフォートの中心部に掘った井戸の跡である。ストラウブ氏によると、イギリスのパイプ職人として初めてジェームズタウンに派遣されたロバート・コットンが、1608年の到着直後に製作した可能性が高いという。

 パイプの破片には、ロンドン製パイプと同じようにダイヤモンド型やユリ型の模様がはっきりと刻まれ、その横には人名がブロック体で刻印されている。イギリス人入植者による彫刻物の中では最古ではないかとケルソー氏は言う。

 一方ストラウブ氏は、材料にバージニア産の赤色粘土を使用している点や、全体の形状が原住民のパイプと似ている点を指摘する。

 イギリスで最初に出回ったパイプの火皿は、小さな球形になっていた。高価な輸入タバコを少量ずつ楽しむ当時の習慣に適している。だが、原住民は地元で採れるタバコの葉をパイプへ大量に詰め、友情の証として大勢で回しのみしていたため、火皿の部分が大きくラッパのような形になっていた。ジェームズタウン製のパイプもそれに倣ったものとみられる。ロバート・コットンが製作したパイプの火皿は、広がった形状で、原住民のパイプよりは小さいがイギリス製よりも大きいという。

 この他にジェームズフォートからは、パイプを焼き固める際に使用する、粘土で作った小型の炉も発見されている。

Photograph courtesy Michael Lavin, Jamestown Rediscovery

文=Paula Neely in Jamestown, Virginia