ポンペイを襲った超高温の火砕サージ

2010.11.04
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ベスビオ山の噴火で死亡したポンペイ市民の石膏像(資料写真)。灰が堆積して固まった地層中に人型の空洞が残っており、そこに石膏を流し込み当時の犠牲者の姿を復元した。

Photograph by Hans Madej/laif/Redux
 ポンペイ市民の死因をめぐり、従来の説を覆す研究が発表された。西暦79年、イタリアのベスビオ山が大噴火し、古代都市ポンペイでは多数の犠牲者が出た。顔を手にうずめて座る姿勢や腹ばいで身をよじる姿、寄り添う母親と子どもなど、生々しい死の瞬間は石膏像として復元されている。 これまでの学説では、犠牲者の大半が火山灰や火山ガスによって窒息死したと考えられてきた。しかし、最新の研究によると、死者のほとんどは高熱による焼死で、遺体には急激な硬直が発生していたことが判明したという。

 研究チームは、埋もれた火山灰や火山岩の地層を分析し、そのデータを基に噴火のコンピューター・シミュレーションを行った。その結果、ポンペイから10キロ離れたベスビオ山が計6回の火砕サージを生み出していたことがわかった。火砕サージとは、非常に高熱の有毒ガスと火山灰が地をはうように高速で流動する現象である。

 ポンペイに初めて到達したのは4回目の火砕サージで、一挙に数百人が亡くなったと考えられている。ただし、この火砕サージは比較的速度が遅く、火山灰もそれほど含まれていなかった。

 火山灰堆積物の分析とコンピューター・シミュレーションにより、ポンペイはこの火砕サージの終端に位置していたと推定されている。研究チームのリーダーでイタリア国立地球物理学火山学研究所(INGV)の火山学者ジュゼッペ・マストロロレンツォ氏は、「したがって、4回目の火砕サージには建物を破壊するほどの威力はなかった」と説明する。

 また従来の発掘調査でも、残された火山灰の堆積層は厚さわずか3センチだったことが示されている。「他方、火砕サージの温度は屋外、室内とも摂氏300度以上に達した。何百人もの命を一瞬で奪うことができるレベルだ」とマストロロレンツォ氏は語る。

 死に至る超高温を示す証拠は、例えば骨に現れている。研究チームは、現代の死亡直後の人間とウマの骨のサンプルを加熱し、当時のポンペイ市民やウマの骨と比較した。「特に、骨に残った独特な色と亀裂のパターンから、ポンペイの骨が超高温にさらされたことが実証できた」。

 これまでの研究でも、溶けた鉛やスズ製の食器が報告されている。これは摂氏約250度の熱で生じる現象だ。また、黒焦げになった木製品や食材も大災害時の超高温を証明している。

 生々しい死体の姿勢も当時の状況を物語る。発掘された犠牲者の4分の3は動作を一時停止した状態で固まっており、丸まったつま先など、急激な筋収縮の発生も見られる。

「考古学者がこれまで示してきた“呼吸しようともがきながら窒息死した”という説は誤った解釈だ。そのような可能性を否定したのが今回の研究だ」とマストロロレンツォ氏は話す。「超高温の火砕サージがポンペイを襲ったとき、窒息死する時間はなかった。身をよじるような姿勢は長い時間苦しんだからではなく、高熱の衝撃を受けて瞬時に硬直してしまったのが原因だ」。

 今回の研究成果は、オンラインジャーナル「PLoS One」に6月15日付けで掲載されている。

Photograph by Hans Madej/laif/Redux

文=Maria Cristina Valsecchi in Rome

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