狂犬病から“ゾンビウイルス”?

2010.10.28
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全身が麻痺した狂犬病末期の犬(資料写真)。

Photograph courtesy Barbara Andrews, CDC
 いわゆる「ゾンビ映画」の中には、死者が蘇るのではなく、ウイルスによって人が凶暴化する作品もある。最新の研究によると、現代の遺伝子工学を使えば、死者の蘇生は無理でも、人を攻撃的に変えるウイルス開発の可能性はあるという。 アメリカ、フロリダ州にあるマイアミ大学のウイルス学者サミタ・アンドレアンスキー(Samita Andreansky)氏は、「例えば、狂犬病は中枢神経系に影響を及ぼすウイルス性感染症で、極度の興奮、精神錯乱などの神経症状をもたらす」と話す。そしてこの致死性のウイルスが、空気感染で急速に広がるインフルエンザウイルスの特性を持ち合わせれば、“ゾンビによる世界の終末”一歩手前は間違いないという。

 映画の“ゾンビウイルス”の場合、感染するとほとんどすぐに凶暴化する。一方、狂犬病ウイルスは体内に潜伏し、不安感や精神錯乱、幻覚症状、麻痺といった最初の兆候が現れるのは、通常10日~1年程度経過した後である。ただし発症後に何も治療しなければ1週間以内で死に至る。

 狂犬病ウイルスの遺伝子コードに突然変異が起きると、潜伏期間が大幅に短くなる可能性があるという。通常、自然界のウイルスは、突然変異を繰り返し変化を重ねて宿主の防御をすり抜ける。遺伝子の複製ミスや紫外線による損傷など、突然変異はさまざまな原因で生じる。「狂犬病ウイルスが急速に突然変異を起こすと、1~3時間程度で発症するようになるかもしれない。十分にあり得る話だ」とアンドレアンスキー氏は話す。

 ただし、映画のような“ゾンビパンデミック”の発生は、十分な感染力を備えていない狂犬病ウイルスでは非現実的だ。人間への感染源のほとんどがイヌで、感染はそこで止まるのが普通だ。人間同士の間で感染することはほとんどない。

 ペットのワクチン接種が普及したおかげで、現在のアメリカや日本など先進国での狂犬病患者はまれで、死亡例も皆無に近い。米国疾病予防管理センター(CDC)によると、2008年にアメリカで報告された狂犬病感染者は2例しかない。

 ただし、インフルエンザウイルスのような空気感染の能力を遺伝子が獲得したら話は別だ。それには別のウイルスから遺伝形質を“借りてくる”必要がある。

 ところが、アメリカにあるバージニア工科大学のウイルス学者エランクマラン・サビア(Elankumaran Subbiah)氏は次のように話す。「品種が異なっても同じ系統のウイルス同士だと、遺伝子の再集合や組み換えといったプロセスを通じて遺伝子コードの一部をやり取りすることがある。しかし、まったく異系統のウイルスが自然に混ざり合うことはない」。

 狂犬病とインフルエンザについても、「根本的に異なる2つのウイルスが遺伝形質の貸し借りを行うといった話は、科学の世界ではあり得ない。この2つのウイルスの違いはあまりにも大きく、遺伝情報を共有する可能性は皆無だ。ウイルスは、自分たちの系統に属するパーツだけを使って組み合わせを行い、ほかの系統のパーツをミックスして当てはめたりはしない」と断言する。

 アンドレアンスキー氏はあきらめない。「極めて難しいが現在の遺伝子工学技術なら、狂犬病とインフルエンザのハイブリッド種は理論上可能だ。インフルエンザと狂犬病の組合せは、空気感染能力の遺伝形質獲得に繋がる。あるいは麻疹(ましん)ウイルスも人格改造には良い候補かもしれない。高熱でうなされる脳炎ウイルスは、感染者の凶暴性を増すだろう。さらに、エボラウイルスで内臓から出血させるといったシナリオも考えられる」。すべてを組み合わせれば、“ゾンビウイルス”と呼ぶにふさわしくなりそうだ。「もちろん自然界でこういった変異が起こったとしても、既にそのウイルスは死んでいる」だろう。

 今回の研究成果は、米ナショナルジオグラフィック チャンネルのドキュメンタリー番組「The Truth Behind Zombies(ゾンビの真相)」として放送される。

Photograph courtesy Barbara Andrews, CDC

文=Ker Than

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