ツメのけがに苦しむ宇宙飛行士

2010.09.13
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船外活動中にカメラに向かって手を振るハイディマリー・ステファニション・パイパー宇宙飛行士(資料写真)。

Photograph courtesy NASA
 宇宙服のグローブを装着して作業やトレーニングを行うと、手のひらが大きいほどツメがはがれ落ちやすいことが最新の研究で明らかになった。 研究チームの一員、マサチューセッツ工科大学(MIT)の宇宙航空学者デーバ・ニューマン氏は、「船外で活動した宇宙飛行士がこぼす不都合ナンバーワンは、ツメの外傷など手のけがだ。小さな手の持ち主でもそれは変わらない」と話す。「グローブの設計は非常に難しい。手も体と同じくらい自由に扱えなくてはならないからだ」。

 極低温で空気のない宇宙空間にさらされる宇宙服と同様、グローブも地球の大気圧環境をある程度再現する必要がある。しかし、ガスで予圧されたグローブは、膨らんだ風船のように硬くなってしまう。そのため船外活動(EVA)、いわゆる宇宙遊泳の際に、微妙な運動制御が難しくなる。

 これまでの研究で、2002~2004年に報告された船外活動中の宇宙飛行士のけがの症例352件のうち、47%が手に関するものとわかっている。そして、手のけがの半数以上が、指先やツメがグローブ先端の内側に詰まっている硬いキャップと接触して生じていた。

 また、船外活動時に指先に継続して圧力がかかるため、激痛が生じ、ツメが爪床(そうしょう)からはがれ落ちる「爪甲剥離(そうこうはくり)」の状況に至るケースも複数あった。

 ツメの異常で済んでいる間はまだ良いが、緩くなったツメがグローブの中でひっかかると非常に面倒な事態となる。「また、爪床がむき出しになると、グローブ内部の湿気により、細菌や酵母菌などによる二次的な感染症へつながる恐れもある」とニューマン氏は話す。

 ツメは完全にはがれ落ちても、時間がたてば再び成長する。ただし、同じ形には戻らない場合もある。現在のところ、保護用の包帯を巻くことやツメを短く切っておくことしか対策がなく、場合によっては極端な予防措置に走る飛行士もいるという。「船外活動の前にあらかじめ自分でツメをはがすという話を聞いたことがある」。

 現在のグローブの設計は、厚い保護層と加圧した気密層で構成されている。この構造により、宇宙飛行士は船外環境の寒さや飛来する微小隕石から保護される。

 アメリカのメーン州にある民間の宇宙服設計会社フラッグスーツLLC(Flagsuit LLC)の創設者ピーター・ホーマー氏は、「グローブを加圧すると、快適で柔らかい布地の表面が、自転車のタイヤに空気を入れたときのように硬くなる」と話す。同社は、NASAが主催するグローブ開発の技術コンテスト「アストロノート・グローブ・チャレンジ(Astronaut Glove Challenge)」で2度の受賞経験がある。

「グローブで硬いものを操作するときには水ぶくれや傷ができることもあるし、気密性を高めるゴム質の素材と肌との摩擦も大きい」。船外活動時、宇宙飛行士はこのようなグローブを6~8時間連続して装着する必要があるという。

 快適なグローブの設計を支援するため、MITのニューマン氏が所属する研究チームでは、ツメの外傷が宇宙飛行士の指の長さと関係しているのではないかと考え調査を開始した。

 研究チームは、アメリカのテキサス州ヒューストンにあるNASAジョンソン宇宙センターに保存されている宇宙飛行士の医療記録データベース「傷害追跡システム(Injury Tracking System)」からデータを収集した。けがの記録と身体測定値が揃っている232人の宇宙飛行士のうち、22人が少なくとも1度の爪甲剥離を報告している。

 しかしチームの予想は裏切られ、指の長さよりも手のひらの大きさに統計的な関係を見い出すことになった。中手指節関節(指と手のひらの接合部)の外周が長いほど、ツメの外傷が大きな問題となっていたのだ。

 外周が約23センチ以上という大きな手のグループの場合、船外活動時にツメにけがをする可能性が19.6%であることがわかった。一方、外周が小さい飛行士が作業中にツメを失う可能性はわずか5.6%だった。

 前述のフラッグスーツLLCのホーマー氏は、今回の研究を受けて次のように話す。「これまでは、指先での作業中にツメに外傷を受けると思われており、そのため指の長さが重視されていた。しかし、今回提示された“手の幅”という仮説でも、宇宙飛行士の症状は十分に説明できる。中手指節関節部の幅が大きいと、グローブで締め付けられ血流が滞る。指関節の血液循環が乱れるため、ツメを支える組織が損傷し、やがては爪甲剥離につながる」。

 同氏はこう続ける。「グローブにはヒーターが入っているのに、多くの宇宙飛行士が“船外活動中に指先が冷える”とも報告していた。これまで謎だったのだが、これも指の血液循環の問題として説明できるかもしれない。宇宙飛行士の手のけがに取り組む上で、今回の研究はまったく新しい方向性に光を当てた」。

 ホーマー氏は今後の設計プランにおいて、グローブのすべてのパーツをカスタマイズ可能にし、手の幅を含め宇宙飛行士個人にフィットさせる点を重視していくという。

 一方、研究チームのニューマン氏は、「“フィットさせる”といっても個人の好みもあるから完全な問題解決とはならないかもしれない。指の動きを増幅・再現するロボットアームをグローブ内に組み込むという選択肢も有効だろう。また、ガチガチの予圧服の代わりに、柔軟な素材で身体にフィットする圧迫式の宇宙服も考えられる」と話す。

「どのようなアプローチにせよ、重要なのは宇宙服のグローブが作業の妨げにならないことだ」。

 今回の研究成果は、「Aviation, Space, and Environmental Medicine」誌の2010年10月号に掲載されている。

Photograph courtesy NASA

文=Victoria Jaggard

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