小さな“声”で獲物に近づくコウモリ

2010.09.01
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ヨーロッパチチブコウモリ(資料写真)。

Photograph courtesy Dietmar Nill
 ヨーロッパチチブコウモリが“ささやき声”で獲物の蛾に接近することが初めて確認された。最新の研究によると、このコウモリは自らの発する“声”を小さくすることで、ある種の蛾に気づかれずに接近して捕食できるように進化したという。 大半のコウモリは暗闇の中を“見通せる”ように、音波を発して反響によって獲物や障害物の場所を確認するエコーロケーション(反響定位)を行っている。一方、蛾の中には独自に進化した耳を持つ種が複数あり、コウモリの出す音を聞き取って捕食を免れることができる。ヒトリガ科の一部には、短い超音波を発してコウモリの“レーダー”を妨害する種もある。

 しかしヨーロッパチチブコウモリ(Barbastella barbastellus)は、“ささやく”という対抗戦略を使って耳を持つガの裏をかくように進化した。イギリスにあるブリストル大学の生物学者で研究を率いたホルガー・ゲルリッツ氏によれば、これは自然界では珍しいことだという。「被食者は捕食者に打ち勝たなければならないため、進化において被食者は捕食者よりも強い選択圧を受ける。そのため、捕食者が“軍拡競争”に勝つのは自然界では稀なケースだ」。

 ヨーロッパチチブコウモリが非常に優秀なハンターであることは研究前から知られていたが、その理由を解明するには、このコウモリが何を捕らえるのかを正確に突き止める必要があった。そこでゲルリッツ氏の研究チームは、ヨーロッパチチブコウモリの排泄物に残された遺伝子の分析を行った。その結果、このコウモリはほとんどの場合、ヤガ科の一種ラージ・イエロー・アンダーウィング(Noctua pronuba)など、耳を持つガを食べていることがわかった。

 次に、研究チームは夜間に野外調査を行い、耳を持つガがヨーロッパチチブコウモリの発する音波を感知する能力を調べた。イングランド南部のある場所で、捕らえたラージ・イエロー・アンダーウィングの聴覚神経に小型の電極を取り付け、そのガを地面に固定した。この電極によって、近くを飛ぶヨーロッパチチブコウモリの反響定位音に蛾の聴覚神経が反応するタイミングを記録した。同時に、コウモリの反響定位音をマイクで録音し、飛び交う複数のコウモリの反響定位音が空中のどの場所から発せられたのかを計算できるようにした。また比較のために、近縁種であるヒメヤマコウモリの反響定位音も録音した。

 その後、研究室でデータをつなぎ合わせ、コウモリの反響定位音に対してガの聴覚神経が反応するタイミングを分析した。

 その結果、ヨーロッパチチブコウモリは地面の蛾に気付かれずにわずか3.5メートルまで近づけることがわかった。研究によれば、耳を持つ他の蛾のほとんどは30メートル離れた場所でもコウモリの音波を聞き取れるという。

 また、反響定位音をさらに分析したところ、ヨーロッパチチブコウモリの発する音波は他のコウモリより最大で100倍小さいことが明らかになった。

 ヨーロッパチチブコウモリのささやき声は、“視界”を制限することに等しいためデメリットとも言えるとゲルリッツ氏は話す。「ほかのコウモリはどれも遠くまで届く大きな音波を出す。これは明るいたいまつのようなものだ」。しかし、ヨーロッパチチブコウモリの音波は「ろうそくのようなもので、自分の周囲しか照らし出すことができない」。

 その一方で、この特殊な能力によってヨーロッパチチブコウモリは耳を持つ蛾という獲物を独占できる。ささやき声を出せないコウモリが耳を持つ蛾を捕らえることは基本的に不可能だからだ。

 では、耳を持つ蛾が今後さらなる対抗戦略を生み出すことはあるだろうか。その可能性は低いとゲルリッツ氏は考えている。耳を持つガが今以上に音に敏感になれば、弱い生物であるこれらの蛾は、風の音や葉の揺れる音など無害な音にも激しく動揺してしまう可能性があると同氏は説明する。今のところはコウモリの完勝だ。

 この研究は「Current Biology」誌2010年9月14日号に掲載される。

Photograph courtesy Dietmar Nill

文=Christine Dell'Amore

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