古代メキシコ、人骨を生活用品に加工?

2010.08.10
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古代都市遺跡テオティワカンで発見された埋葬骨(資料写真)。

Photograph by Kenneth Garrett, NGS
 古代アステカ文明以前にメキシコで栄えたテオティワカン文明では、人骨を加工してボタンやくし、針、へらなど数多くの生活用品を作っていたことがメキシコの考古学者チームの研究によって明らかになった。死亡直後の親族の骨を加工していた可能性が高い。 研究対象になったのは、古代都市テオティワカンで発見された約5000個に及ぶ人骨片だ。テオティワカンはメキシコシティの北東約48キロに位置する巨大な都市遺跡である。 今回の研究を率いたメキシコ国立自治大学(UNAM)のアビガイル・メサ・ペニャローサ氏によると、人間の大腿骨、脛骨、頭蓋骨を死亡直後に取り出して、生活用品に加工していたらしい。

「テオティワカンの人々は、さまざまな石のナイフを使い分けて、骨についた肉や筋を少しずつ削り取っていたようだ。時間がたつと骨はすぐにもろくなってしまうため、死亡直後に加工する必要があった」と同氏は話す。

 アメリカのヒューストン大学でテオティワカンを研究するレベッカ・ストーリー氏は今回の研究成果を受けて、人骨を道具に加工する行為はテオティワカンの文化とも一致すると指摘する。「テオティワカンの人々は死を特別に恐れてはいなかった。家族の遺体は家の下や周囲に埋葬されており、骨の利用に抵抗はなかったはずだ」。

 紀元前100年から紀元650年頃に栄えたテオティワカンはアステカ語で「神々が集う場所」を意味し、アメリカ大陸最大級の宗教都市国家だった。スペイン植民地時代以前のメソアメリカには、人間や動物を生贄に捧げる風習があった。市内の神殿には実際に神々に捧げられた生贄の骨が埋葬されている。

 今回の調査で分析された人骨は、テオティワカン近傍の住居跡「ベンティーリャ」で見つかったものだ。年代はテオティワカンが全盛期を迎えた紀元200~400年の古典期と推定される。骨片には、肉をそぎ落とした跡しか残っておらず、生贄にされた痕跡はなかったという。

 また、生活用品に加工したのはこの土地の住民の人骨で、それぞれの家族が暮らす家の床下に埋葬する慣習もあったようだ。

「加工済み人骨と埋葬骨の前頭洞(眉間の奥にある空洞)を比較したところ、その特徴が一致した。前頭洞はそれぞれ形状が異なるため、指紋のように識別できる」とメサ・ペニャローサ氏は説明する。

 空洞の形状は、外部から連れてこられた生贄の遺骨とは一致しなかった。つまり、生活用品に使われた人骨は、同じテオティワカン人であることを示している。

 また、利用されていたのは壮年期の成人の骨だけだった。子どもの骨はもろすぎ、高齢者は骨粗しょう症などで適していなかったのだろう。「自然死したとみられる健康な成人の骨が好んで利用されている。ただし当時の平均寿命は短く、30歳台での死亡が普通だった」とメサ・ペニャローサ氏は話す。

 どんな人物が骨を加工したのか、また削り取った肉をどうしたかについてはまだわかっていない。

 メサ・ペニャローサ氏によると、骨からそれぞれの家族を割り出すことは今のところ不可能だが、同位体分析によって骨の主の生活場所を突き止める計画を立てているという。例えば、成人の歯の中のストロンチウムと酸素の同位体を測定して、その人が摂取していた水の水源地を割り出せる。つまり、テオティワカンで一生のほとんどを暮らしたのか、沿岸地帯の別の村出身なのかを突き止められる。

 研究チームは、骨で生活用品を作る行為が持つ象徴的意味について理解が深まることも期待しているという。「もしかすると裁縫上手だった人の腕の骨を針に加工して、才能をなんらかの形で残そうとしたのかもしれない。祖母の骨でできたボタンを形見にしていたとも考えられる。まだ確かなことはわからないが、可能性はいくつもある」とメサ・ペニャローサ氏は語った。

Photograph by Kenneth Garrett, NGS

文=Sabrina Valle

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