ラットへの移植に成功した再生肺(下の写真)。

Image courtesy Science/AAAS
 史上初めて、正常に機能する再生肺の作成と、生きた動物への移植が成功した。医用生体工学分野における画期的成功であり、将来は人体への応用も期待できるという。 現在、治療の見込みがない成人の肺を取り替える方法はドナーからの肺移植だけで、移植後に拒絶反応を起こすリスクが高い。

 今回の研究では生きたラットの肺を摘出した後、肺細胞と血管を洗浄剤で分離し、肺の基本構造だけを残したという。

 柔軟なタンパク質や糖類などの化学物質からなる肺の“骨組み”は、気管から末端の肺胞まで20回以上も細かく枝分かれしている。

 肺細胞を除去した肺はその後、ラットの胎児から抽出したさまざまな肺細胞を含む“スラリー”(懸濁液)で満たされたバイオリアクターと呼ぶ装置に入れられた。

 胎児細胞は数日のうちに肺の基本構造へ自然に定着し、正常に機能する肺が形成されたという。

 アメリカのイェール大学で医用生体工学に携わる研究チームのリーダー、ローラ・ニクラソン(Laura Niklason)氏は、「ほとんどの細胞が適切な解剖学的部位に定着した。まるで、“郵便番号”が付いているかのようだ」と解説する。

 この再生肺を成体ラットに45分から2時間という短い時間だけ移植してみたところ、通常の肺と同じように酸素と二酸化炭素のガス交換が行われたという。

 研究チームは自然の肺の基本構造を利用して、肺再生医療の最大の難関だった、肺細胞が定着する“土台”の作成を不要にした。

 自然が生み出す複雑な構造は最新技術でも再現できずに失敗が繰り返されてきた。ニクラソン氏も人工土台の作成を数年にわたり試みたが、「極めて難しく、おそらく誰がやっても実現しない」という結論に至ったという。

 マサチューセッツ州ケンブリッジにあるドレイパー研究所の医用生体工学者ジョエル・ボレンスタイン(Joel Borenstein)氏は、今回の研究を受けて次のように話す。「肺再生医療の道が大きく開けた。これまでの骨や軟骨の再生など、肺に比べれば子どもの遊びのようなものだ」。

 マウスで成功したこの技術は、20~25年先に人体へ応用できるようになるとニクラソン氏は推測する。技術的にも科学的にもいくつかの課題が残されているからだ。

 とりわけ重要な課題は、あらゆる細胞に分化できる幹細胞を患者から取り出す方法の開発である。実現すれば免疫拒絶反応のリスクがゼロになるが、いまのところその方法は存在しない。ニクラソン氏は幹細胞の問題について、「科学が直面する非常に根本的で大きなハードルだ」とコメントしている。

 この研究成果は「Science」誌オンライン版で6月24日に公開された。

Image courtesy Science/AAAS

文=Ker Than