クストー生誕100年、その功績と影響力

2010.06.14
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ジャック・クストーのジェット推進式の円盤型潜水艇“ダイビングソーサー”が海底を探索する(撮影日不明)。

Photograph by Thomas J. Abercrombie, National Geographic
 2010年6月11日は故ジャック・クストーの生誕100周年だった。当日はマスコミに大きく取り上げられ、朝にはインターネット時代の最高の栄誉とも呼ぶべきGoogleロゴにまで登場した。 海洋探検家クストーがこれほどまでに伝説的な存在であり続けるのはなぜだろうか。それには5つの理由がある。

◆ 1. アクアラングの発明

 トレードマークの赤いビーニー帽に有名な調査船カリプソ号でおなじみのクストーは、フランス人の海洋探検家、発明家、映画作家、自然保護論者である。20世紀後半のほぼ50年間に渡って世界の海を航海し、何百万人という人々に地球の海とそこに住む生物を紹介し、その保護を訴えた。

 これらの活動のほとんどはスキューバダイビング用具があってこそ可能だったが、実はクストーはその発明者の1人だ。第二次世界大戦中、技師のエミール・ガニアンと協力して、2本のホースを使用した水中呼吸装置“アクアラング”を開発した。

 このアクアラングを使って、クストーと乗組員たちはそれまで未知の世界だった各地の深海を探検し、映像に記録することに成功した。

◆ 2. 見る者を新世界へ誘う海洋ドキュメンタリー

 アカデミー賞を受賞した『沈黙の世界』、『黄金の魚』、『太陽のとどかぬ世界』など、クストーが制作した海洋ドキュメンタリーは先駆的な役割を果たしたが、クストー財団の広報担当者クラーク・リー・メリアム氏は、それらの作品にはすべて「明確なストーリーがあった」という。

「そこには、“この素晴らしい海がどんなものなのか、一緒に見に行こう”というメッセージがあった」。メリアム氏は1997年にクストーが亡くなるまでの約20年間、クストーと共に仕事をしていた。「一般人を海中の世界に招き入れるには奥深くて最適な映画だった」。

◆ 3. 海底ベースキャンプの先駆者

 ジャック・クストーのチームは、初の人間用海底基地「コンシェルフ1号」を作り上げた。これに続いてコンシェルフ2号と3号も作られている。この基地は、海中で活動するダイバーが数週間連続して滞在できるスペースだった。

「海中での長期作業用に滞在が可能な施設の開発にはアメリカ海軍も取り組んでいたが、クストーは海軍よりも先を進んでいた」とメリアム氏は話す。大まかな言い方をすれば、「この技術は現在でも企業で使われている。海中で30分間作業をしてまた海上に戻るより、海中で連続して作業する方がずっと経済的だからだ」。

◆ 4. 商業捕鯨の規制を訴える

 また同氏によれば、「クストーは各国の元首に個人的に働きかけて、1986年に国際捕鯨委員会で商業捕鯨モラトリアムを可決させるのに必要な票数を確保する支援をした」という。一部の国が科学調査の名のもとに捕鯨を続行しているものの、商業捕鯨モラトリアムは現在も実施されている。

◆ 5. 核廃棄物の海中投棄の阻止に尽力

 クストーは1960年、地中海に核廃棄物を投棄するというフランス政府の計画を阻止すべく市民運動を組織し、フランスの大統領に直接戦いを挑んだ。

「フランスの投棄計画についてシャルル・ド・ゴール大統領と真っ向から対決し、原子力にも反対し続けた。原子力がクリーンなエネルギー源として可能性に満ちていることは認めていたが、廃棄物の処理方法が確立していない以上、原子力を推進するべきではないと考えていた」とメリアム氏は説明する。

 結局、女性と子どもたちが線路上で座り込みを断行したため、核廃棄物を積んだ列車は引き返さざるを得なかった。

◆ 遅咲きの環境主義者クストー

 クストーの映画や著作からは、豊かな富を秘めた果てしない世界としての海、生命にあふれた、ありがたい別世界としての海のイメージが伝わってくるように思われもする。しかし、クストー自身はもっとよく現実を見ていた。

「海は無尽蔵で、食べ物でも何でも欲しいものがあれば海で獲ればいいというのは、人間のおごりだとクストーは考えていた」とメリアム氏は語る。

 クストーを知る人は皆、クストーは必ずしも熱烈な環境論者だったわけではなく、当初は撮影対象の生物のことを特に気にかけていたわけでもなかったと回想する。「もともとクストーは、もりで魚を突く漁師であり探検家であって、自然保護活動家ではなかった」とメリアム氏も明かす。

 同氏は、『沈黙の世界』の中のある「恐ろしい」場面を例に挙げる。カリプソ号がマッコウクジラの赤ちゃんと衝突し、クジラが死にかけていると判断した乗組員たちはクジラを撃ち殺しただけでなく、死んだクジラを攻撃するサメも撃ったのだ。

 メリアム氏は約20年前に『沈黙の世界』のリマスター版が作成されたときのことを覚えている。「財団の同僚は全員、これらの場面は残酷な行為がそのまま記録されていて本当にひどいシーンなのでカットするべきだと主張した。けれどもクストーは、“カットはしない。これが真実であり、これを見れば、かつての自分たちがどんなことをしたか、自制心を失った人間がどれほど野蛮な行為に走れるのかがよくわかる”と言って譲らなかった」。

◆ 今も輝くクストーの遺産

 もしクストーが生きていたら、汚染や乱獲といった世界の海への脅威に対してほとんど何の手も打たれていないことを悲しんだことだろうと話すのは、国際的な環境保護団体である世界自然保護基金(WWF)の海洋および北極政策担当の副会長を務めるビル・アイヒバウム氏である。

 しかし、1970年代に短期間ながらクストーと仕事をした経験を持つ同氏は、クストーなら絶対にくじけたりはしなかったと確信する。「強烈な危機意識を持ち、よりいっそう雄弁かつ熱心に、政府、企業、個人に対して環境保護を訴えたに違いない」。

 クストー財団のメリアム氏は、「優れたビジョンの持ち主であったクストーを失ったのは残念だ。しかし、クストーがこの道に導いてくれたことを私たちは嬉しく思っているし、これからも努力していきたい」と決意を新たにしている。

Photograph by Thomas J. Abercrombie, National Geographic

文=Ker Than

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