シンコ・デ・マヨ:戦いの歴史の意味

2010.05.04
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
シンコ・デ・マヨの祭りで、メキシコとフランスの戦いを再現するメキシコ・シティーの人々(資料写真)。

Photograph by Jaime Puebla, AP
 5月5日、全米の祭り好きがメキシコの祝日「シンコ・デ・マヨ」を祝った。祭りの名はスペイン語で“5月5日”を意味するが、毎年の参加者の中には、これがビール祭りではなく、血塗られた歴史にちなんでいると知らない人もいるようだ。 シンコ・デ・マヨは、メキシコの独立記念日とよく間違えられるが、スペインの植民地から独立したのは1810年9月16日で、5月5日ではない。

 祭りの起源は1862年の同月同日、メキシコ軍がプエブラの会戦でフランス軍を奇跡的に撃退した英雄的な日にちなむ。ただしメキシコ本国では、南部の町プエブラといくつかの大都市など地域限定のお祭りだ。

 しかし近年、シンコ・デ・マヨはアメリカで急激に広まっている。人口構成が変化し、文化行事にまで発展したのだ。ラテンアメリカ系出身のアメリカ人「ラティーノ」は現在、アメリカ最大の少数民族で、2008年7月に発表された国勢調査の結果によると、国内に居住する4430万人のラティーノは総人口の15%を占めているという。

◆シンコ・デ・マヨの歴史:プエブラの会戦

 1862年5月5日、イグナシオ・サラゴサ将軍率いるメキシコ軍が、圧倒的な武力を持つフランスの遠征軍をプエブラの会戦で破った。

 フランス軍をメキシコに送り込んだのは時のフランス皇帝ナポレオン3世。スペインから独立したメキシコを支配しようと軍隊を送り込み、親類であるオーストリアのマクシミリアン大公に統治させていた。

 しかし、5月5日の戦いはサラゴサ将軍の勝利に終わったが、結局メキシコは敗北している。その後マクシミリアン大公は、メキシコが独立を取り戻すまで3年間、帝位に就いた。

◆シンコ・デ・マヨ:兄弟愛からチカーノの力へ

 ワシントン州立大学のホセ・アラミージョ教授によると、シンコ・デ・マヨが初めてアメリカに広まったのは1950~60年代にかけてだったという。国境を越えた兄弟愛がきっかけの一つだった。

 アラミージョ教授は「この時期に広まった一因は、アメリカ政府の善隣政策だ」と述べ、近隣諸国との関係改善のために打ち出された当時の政策に言及した。「シンコ・デ・マヨの目的は、2つの文化の懸け橋になることだった」と教授は説明する。

 1960年代には、「チカーノ」というメキシコ系アメリカ人の活動家たちが、自らの誇りを確認するため本格的にこの日を祝うようになったという。専門家は「1862年5月5日のメキシコ軍の勝利は反帝国主義的なメッセージ性が強く、多くのメキシコ系アメリカ人の共感を呼ぶ」と口をそろえる。

 アメリカ、オクラホマ州ノーマンにあるオクラホマ大学でチカーノの研究をするロベルト・コン・デイビス=ウンディアーノ(Robert Con Davis-Undiano)教授は、「不屈の共同体を築くメキシコ系アメリカ人は、いつか主流の地位に昇ると信じている」と分析している。

「プエブラでフランス軍を撃退したメキシコ軍は寄せ集めの軍隊だったが、同じ考えだったはずだ。メキシコ系アメリカ人やほかのヒスパニック系アメリカ人の誰もがこの祝日が持つメッセージ性に誇りを感じ、勇気づけられている」。

 また、前出のアラミージョ教授によると、シンコ・デ・マヨが民族主義的な祭事から複数の文化をまたぐ行事に変化したことも、メキシコ系アメリカ人のアイデンティティーをよく表しているという。

「おかげでアングロサクソン系のアメリカ人もこの祭りを通じてメキシコの文化を分かち合い、学べるようになった」とアラミージョ教授は話す。「当時のメキシコ系アメリカ人も善隣関係を築きたいという思いがあったはずだ。より良い政治とコミュニティーへの援助を求めていたためだ」。

◆シンコ・デ・マヨ:文化から商業主義へ

 そして1980年代、シンコ・デ・マヨは商業化の波にさらされるようになる。祭りの意味合いがコミュニティーの自決主義から飲んで楽しむ祝日に変わった瞬間だと、アラミージョ教授は分析する。

 同教授によると、酒会社をはじめとするアメリカ企業は、人口増加が著しいヒスパニック市場を開拓したいと考えていたという。「数はもちろん広告の費用対効果が高い若い層が多かったため、シンコ・デ・マヨはうってつけだった」。

 一方、オクラホマ大学のデイビス=ウンディアーノ教授は、シンコ・デ・マヨには今でもヒスパニックと他の人種の絆になるパワーがあると考えている。特に不法滞在をめぐる緊張が高まりつつある現在は重要な意味を持つ。

「ヒスパニック人口の右肩上がりの勢いに、他の人々はどうしようもない不安を抱えている。しかしシンコ・デ・マヨは、皆が1つの共同体であるという意識を得るチャンスを与えてくれる」とデイビス=ウンディアーノ教授は期待を込めた。

Photograph by Jaime Puebla, AP

文=Stefan Lovgren in Los Angeles

  • このエントリーをはてなブックマークに追加