餌を与えればクマの被害を防止できる?

2010.04.30
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ヒマワリの種を食べる野生のクロクマ。ミネソタ州イーリーの野生生物研究所で2009年春に撮影。

Photograph courtesy Frank Lawatsch
 アメリカでのクロクマによる被害を避ける1つの方法は、常識に反して、餌を与えることかもしれないという説がある。 アメリカ西部を中心に、クロクマが餌を求めて自動車や民家やキャンプ場に侵入することがよくある。また、クマの生息地に人間が進出することが増えたため、人間とクマが遭遇する機会が増えているという。

 クロクマに餌を与えると、人間を餌の供給源と見なしてしまうなどの理由で攻撃性を強めると指摘する意見が多い。しかし、クロクマを研究する生物学者リン・ロジャーズ氏は、事はそれほど単純ではなく、人間を襲うなどのクマの迷惑行為は空腹によって引き起こされることがほとんどだと主張する。

 同氏によれば、干ばつなどクマが餌に困るような状況では、木の実やヒマワリの種、さらには牛脂などの餌を、人間との遭遇が予想される地域から離れた場所に置くことで、クマが人間に遭遇して危害を加えかねない事態を減らせるという。また、「餌を与えることでクマは人間の姿に慣れ、防御行動をあまりとらなくなる。また、人間もクマを見かけることに慣れ、クマの出現を恐れなくなる」。

 ロジャーズ氏はミネソタ州イーリーにある民間の非営利団体である野生生物研究所に所属し、クロクマに近づいてキスするほど親しくなることで知られる。同氏は2009年5月にネバダ州リノで開催された第10回西部クロクマ・ワークショップで自説を初めて発表し、議論を呼んだ。

 しかし、クマの行動は予測が難しく、クマに餌をやることでクマと人間の接触の機会が増え、結局は人間とクマの双方に害が及ぶ可能性があるとの指摘もある。

 ロジャーズ氏の説は、ミネソタ州で行われた長期に及ぶ複数の野外実験が根拠となっている。そのうちの1つは州政府が中心となって行ったプロジェクトで、同氏の研究チームは民家やキャンプ場がある地域の中央に大量の牛脂をはじめとする餌を置いた。実験中、研究メンバーは特に身を隠すことをせず、また、ごみ容器など他にクマを引き付けそうな物も撤去しなかった。

 この実験を開始したのは1984年だが、それ以前の3年間、被害を与えたことが理由で6頭のクマが地元当局によって殺処分された。しかし、その後の8年間の実験期間中は、自然界で得られるクマの餌が歴史上最も少ない年があったにもかかわらず、殺処分になったクマはわずか1頭だった。

 ちなみに、餌でクマの注意をそらすことでクマによる被害を防げることが別の研究でも示されているようだ。クマとの共生を推進するカリフォルニア州タホ湖の非営利団体ベアーリーグは、特にひどい干ばつ時に餌不足を補うために餌を与えることがクマの問題行動を減らす上で有効であることを発見した。

 なお、今回取材した別の複数のクマ研究者は、ベアーリーグの調査もロジャーズ氏の説も査読付きの学術誌に掲載されたものではないと指摘する。

 ミネソタ州天然資源局でクマ関連のプロジェクトの責任者を務め、1980年代にクマの給餌実験に携わったデイブ・ガーシェリス氏は、餌を与える行為がクロクマの行動を永久的に、しかも悪い方向に変えてしまうと推測する。「今のところクマは野生のままだが、餌を与え続けると、やがてクマの生態や人間への警戒心が変化してしまう」という。

 また、ネバダ州のハンボルト・トイヤベ国有林でクマを研究する生物学者レイチェル・メイザー氏は、餌を与えてクマの注意をそらすという方法は一時的な解決策に過ぎず、根本的な問題解決にならないとする。「これまでの土地開発には、動物の移動や摂食のパターンを考慮しない極めてお粗末なものが多かった。クマに餌を与えれば短期的に問題が減るのは当然だ。しかし、われわれは何を守りたいのだろうか。種としてのクロクマを守ろうとするなら、生態や生息地、そして自然なままの行動習慣など、クロクマに関するすべてを守るべきだと思う」。

 冒頭に紹介した研究を率いたロジャーズ氏は、クマに餌をやることは万能薬ではないかもしれないと認めた上で、それでも研究をさらに進める価値があるとしている。

Photograph courtesy Frank Lawatsch

文=Lia Kvatum

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