世界で最も深い場所にある火山性噴出孔の1つが熱水を噴出する様子を捉えた初めての写真(2010年撮影)。

Photograph courtesy National Oceanography Centre and University of Southampton
 水深約5000メートルのカリブ海の海底で2010年4月6日、無人潜水艇によって複数の火山性の熱水噴出孔(チムニー)が鉛を溶かすほどの高温の地下水を噴き上げているのが発見された。4月11日に調査船上で行われた発表によると、ミネラルを黒雲のように噴出するこれらの“ブラックスモーカー”はビル2階分ほどの高さがあり、これまで確認された中では世界で最も深い海底に存在する熱水噴出孔だという。 今回の研究を行ったイギリス国立海洋学センターの研究チームのメンバーで地球化学者のブラムリー・マートン氏は、今回発見された噴出孔付近で潜水艇を操舵した経験について記者声明の中で、「異世界の入り口をさまよっているような感覚だった。鉱物の塔の虹のような色彩と、それを包む微生物マットが発する青い蛍光色は、今までまったく見たことのないものだった」と述べる。

 この噴出孔に生息する生物は、極端な高温、暗闇、酸素の欠乏という環境に適応していると考えられ、地球で最初の生命体に似ている可能性がある。また、ほかの惑星に生命体が住んでいるとしたら、この噴出孔に住む生物のような姿をしているかもしれないという推測もされている。しかし研究チームは、少なくとも調査が完了するまではここに住む生物について詳しいことはわからないとしている。

 研究チームは、現在も継続中の調査船ジェームズクック号によるケイマン海溝の調査中にこれらのブラックスモーカーを発見した。キューバとジャマイカの間に広がるこの海溝は世界一深い場所にある火山性地溝で、これまで確認された大半の熱水噴出孔の約2倍の深さにある。新しく発見されたチムニーは鉄と銅の鉱石で形成され、従来知られていた最も深いブラックスモーカーより800メートル深いところにある。

 ケイマン・トラフとも呼ばれるケイマン海溝は、構造プレートの分離によって形成される世界のどの中央海嶺とも繋がっていない。このため、孤島のように隔離された環境で進化した独自の生物が生息している可能性がある。研究チームの言葉を借りれば、コナン・ドイルの小説『失われた世界(The Lost World)』に近いという。

 あるいは、これらの噴出孔には、エビやイソギンチャクなど中部大西洋のブラックスモーカーに見られるような生物が生息する可能性もある。カリブ海と大西洋を結ぶ海流に乗ってこれらの海域の生物が行き来しているかもしれない。

 また、数百万年前にカリブ海と太平洋は現在の中央アメリカを横切る海路で結ばれていたため、これらのチムニーにはチューブワームや二枚貝など東部太平洋の噴出孔で見られるような生物が棲んでいることも考えられる。

 いずれにせよ、答えが出るのはまだ先のことだ。海洋生物学者のジョン・コプリー氏はジェームズクック号の船上でナショナルジオグラフィック ニュースの取材に対し次のように話す。

「この場所での海洋生物の調査は始まったばかりで、まだ全貌がわからない。ここに生息する生物と、世界の他の噴出孔に生息する生物との関係を明らかにするには、さらに調査が必要だ。しかし結果が出れば、この噴出孔を研究することで深海の噴出孔に生息する海洋生物のパターンを左右する要因の解明に役立つはずだ。そこから、深海に生息する生物の一般的なパターンが理解できるだろうし、深海が地球上で最も大きな生息環境であることも見えてくるだろう。19世紀の博物学者にとっての未知の陸地のように、海底火山の噴出孔は、この巨大な領域の中での生物の生息パターンを理解するための偉大な自然の研究室だ」。

 これまでは、火山の噴出孔に生命は存在しないというのが常識だった。地球上のどこに住む生物も、多くの場合は間接的に、太陽光からエネルギーを得なければならない。だが、噴出孔は完全な闇の中にある。

 しかも、周辺の海水温が摂氏0度をわずかに上回る程度であるのに対して、ブラックスモーカーから噴出する水は摂氏400度に達することがあり、ほとんどの生物にとって有毒な硫化水素が含まれている。さらに、水深5000メートルでは1平方センチあたり500キロ余りの水圧がかかる。

 しかし、生命は予想外のやり方で噴出孔に適応してきた。例えば、太陽光が届かないブラックスモーカー周辺に生息する生物は、光合成ではなく、地球の内部から放出される化学物質を使った化学合成によってエネルギーを生成している。また、これまで太陽光と同じく生命体に必要不可欠と考えられていた酸素をまったく必要としない微生物も噴出孔には生息している。

 これらの生物は何百万年も前から噴出孔に生息しており、これを研究すれば原始の地球を知る手掛かりになるかもしれない。

「ある種の地質学的環境にある深海の噴出孔を研究することで、生命体の起源となった条件の解明が進むかもしれない」とコプリー氏は期待する。「深海の噴出孔を研究してきたこれまでの30年間で、地球か別の惑星かを問わず、生命の限界がどのようなものかを考えるきっかけになったのは確かだ」。

Photograph courtesy National Oceanography Centre and University of Southampton

文=Brian Handwerk