グリーンランドのサカク文化時代の男性「イヌク」のイラスト。

Image courtesy Nuka Godfredtsen
 グリーンランドにおいて冷凍状態で発見されたおよそ4000年前の毛髪から、古代人のゲノムが初めて解読された。この研究では、茶色の瞳を持ち、額が禿げ上がった古代人の顔が再現され、耳垢が乾いていたことなども突き止められた。 毛髪は北極地方の永久凍土から良好な保存状態で発見された。持ち主である若い男性は「イヌク(Inuk)」と名付けられ、グリーンランド最古の文化で現在は消滅しているサカク(Saqqaq)文化に属していたと考えられている。

 デンマークにあるコペンハーゲン大学の進化生物学者で、今回の研究に携わったエスケ・ビラースレウ(Eske Willerslev)氏によると、当時の様子は謎に包まれたままだと言う。「サカク族は、イヌイットの直接の祖先説や、北極地方の高緯度地域に定住していたネイティブアメリカン説などさまざまな議論があった。だが、古代遺跡から発見されたわずかな骨や毛髪について、遺伝学的な来歴はほぼ何も解明されていない」と同氏は説明する。

 11日付「Nature」誌オンライン版に発表された研究によると、毛髪のDNAを解析した結果、この男性はネイティブアメリカンやイヌイットの祖先よりも、むしろシベリア極東地域に住むヌガナサン族、コリヤーク族、チュクチ族に近いことが明らかになった。

「約5500年前にシベリアからグリーンランドへの民族移動があった可能性が高まった。この時代は、グリーンランドに人間が住み始めた時期とも見事に一致する」とビラースレウ氏は話している。

 DNAの解析結果からは、サカク族の男性像も再現された。イヌクと現生人類のゲノムはよく似ているという。

 DNA解析のサンプルに使用された毛髪は、1980年代にグリーンランド北部で発見され、デンマーク国立博物館に保管されていた。皮膚や骨とは異なり、毛髪DNAは菌類やバクテリア遺伝子に汚染されていない状態での解析が可能だという。また、古代DNAの解析技術が改善され、古代人の起源だけでなく外見の解明にも役立つようになった。

「Nature」誌の解説執筆者の1人で、オーストラリアにあるグリフィス大学の進化生物学者デイビッド・ランベール氏は次のように話している。「これまでのDNA調査でも地理的起源の特定が可能な場合もあったが、今回の研究で際立っているのは一塩基多型(SNP)を用いた点で非常に画期的だ」。

 ヒトの遺伝子は、ヌクレオチド(4種類の塩基A、C、G、Tのユニット)分子が集まって構成されている。ゲノム塩基配列中でヌクレオチドが1カ所だけ異なる状態をSNPと呼び、遺伝子を元に作られる体内物質などの働きが微妙に変わる。

 現生人類のヒトゲノム研究からSNP変異のデータベース構築が進んでいる。これを手がかりに、SNP変異を元に瞳の色などの身体的特徴が99%の精度で特定できるようになった。

 イヌクのゲノムからは、黒髪に浅黒い肌、茶色の瞳など容姿に関する特徴が明らかになり、耳垢のタイプまで乾燥性と判明した。薄毛の遺伝子にもかかわらず毛髪が多く残っていたらしく、イヌクは短命だったと考えられている。

 彼の前歯は、アジア系やネイティブアメリカンと同じく内側がシャベル状にくぼんでいた。血液型はシベリア北東部に多いA型である。また、極寒の地での生活にも耐え得る優れた代謝機能を遺伝的に備えていたようだ。

Image courtesy Nuka Godfredtsen

文=Brian Handwerk