無生殖で5千万年を生き延びたワムシ

2010.02.01
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菌類寄生生物に感染したヒルガタワムシ。

Image courtesy Kent Loeffler, Kathie T. Hodge and C.G. Wilson
 ごく小さな微生物が、生殖を行わずにどのようにして5000万年にもわたって繁栄を謳歌できたのか、その謎が解明された。なんと自ら干乾し状態になるというのだ。 淡水に生息する無性の無脊椎微生物であるヒルガタワムシ(学名:Bdelloid rotifer)は逃走の達人といえるだろう。自ら干乾し状態になり風に吹き飛ばされることで、進化のレースをも逃げ切ってきたのだ。ほとんどの動物にとって生殖行為は繁殖の手段であるほか、進化の過程で敵対する種を寄せ付けない機能も果たす。

「生物が生殖行為を絶ってゲノムが固定されると、進化の競走の過程で敵対する種に追いつかれ、間もなく制圧されてしまう」と、ニューヨーク州にあるコーネル大学の神経生物学者ポール・シャーマン氏は説明する。この理論は「赤の女王仮説」と呼ばれ、ほとんどの動物が生殖のためなら相手を求めてどこまでもひた走る理由を説明している。

 動物界で唯一の“古代無性生殖生物”と確認されているワムシの場合、生殖行為を行わずに3000万~5000万年を生き延びたことになる。その間にワムシは世界各地で450種以上にも枝分かれして進化していたのだ。一方で、線虫類など生殖行為をせずに繁殖するほかの生物の場合、数十万年で絶滅するとされている。

 ワムシは菌類寄生生物の脅威にさらされると自ら干乾し状態になり、風に吹き飛ばされることで身を守る。その後で淡水に触れると息を吹き返す。水滴1個の中で100匹近くのワムシが生存できるという。ほとんどの動物が敵対種との進化的軍拡競走から抜け出せないでいる間、ワムシはただひたすら風に吹かれながら難を逃れるのである。

 このヒルガタワムシの戦略を解明するためにシャーマン氏は、この研究の共著者であるコーネル大学のクリス・ウィルソン氏と共に、まず淡水中のワムシの群れを毒性の強い菌類に感染させ、数週間後にすべて死滅することを確認した。

 次に、菌に感染した他の群れを完全に乾燥させ、期間をずらしながらそれらを再び水に戻した。その結果ワムシは敵である菌よりも長い期間、水なしで生存することがわかった。感染後の乾燥している期間が長ければ長いほど生存する確率は高くなった。

 さらに次の実験では、菌へ暴露し乾燥したワムシを風槽に入れた。するとワムシが風で飛ばされる時に菌はその場所に置いて行かれることが観察された。

 乾燥した状態で、時には何千キロもの距離を風に漂うことにより、ワムシは何度でも健康で何にも感染していない群れを形成し続けることができるのではないかと両氏は考えている。「ヒルガタワムシは果てしない“かくれんぼ”を続けている」とシャーマン氏は語っている。

 イギリスにあるインペリアル・カレッジ・ロンドンの進化生物学者ティム・バラクラフ氏は研究には参加していないが、「本当にわくわくする研究だ」と話す。「ヒルガタワムシは、(生物学者の)ジョン・メイナード・スミスが“進化のスキャンダル”と呼び、なぜこれほど長い間生存してきたのか、そして有性生殖をしないのになぜこれほど繁栄しているのかという点を指摘して以来、脚光を浴びてきた」。

 危険に直面した時に風に乗って逃げる能力が、ヒルガタワムシが生き延びることができたことの一つの重要な要因であることを今回の研究は示しているが、バラクラフ氏によると原因はほかにもある可能性があるという。「その他の要因、例えば周囲の環境からDNAを取り出して使用する能力も、何らかの役割を果たしているかもしれない」と同氏は言う。

 しかし謎はほかにも残っている。「ヒルガタワムシの多くは、例えば一時的にできた水たまりなど乾燥しがちな環境に生息しているが、水が永続的に存在して乾燥するはずのない場所に生息しているものも少なくない。これらは寄生虫の襲撃をどのような方法で回避できるのかはまだわからない」。

 この研究は2010年1月29日発行の「Science」誌に掲載された。

Image courtesy Kent Loeffler, Kathie T. Hodge and C.G. Wilson

文=Ker Than

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