ハイチ、ブードゥーの信仰と地震

2010.01.25
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ブードゥーの沐浴の儀式に参加するハイチの女性。

Photograph by Steve Winter, National Geographic Stock
【ブードゥー教の専門家ウェイド・デイビス氏に聞く】

 ハイチ地震の発生から2週間。死者は15万人に上る一方、多くの人々が家を失い、治安の悪化など深刻な状況が続く中、アメリカのテレビ伝道師パット・ロバートソン氏がハイチ地震を「悪魔と契約を結んだ」ブードゥー教信者に対する神罰だと発言し波紋を呼んでいる。ナショナル ジオグラフィック協会付き探検家であり、ハイチのブードゥー教や魔術、ゾンビ信仰についての著書がある人類学者ウェイド・デイビス氏に、ブードゥー教の信者がハイチ地震をどう捉えているのか、またロバートソン氏の今回の発言について話を聞いた。◆ハイチのブードゥー教はどのような宗教ですか?

 ブードゥー教とは複雑な霊的世界観を持った民間信仰で、奴隷貿易とともにアフリカから持ち込まれた宗教観念が分化したものです。アフリカ由来の宗教観念はブードゥー教以外にも、時の経過と共に新世界のさまざまな伝統の中に浸透していったのです。

 現代のブードゥー教には複数の宗教の伝承・信仰が融合し、中にはキリスト教カトリックとの習合も見られます。西アフリカが起源と思われますが、その文化および宗教はセネガルからモザンビークまでアフリカのほぼ全域の影響を受けているのです。

◆ブードゥー教の信仰対象は何でしょうか?

 ブードゥー教の根幹は、現世と霊的世界とのダイナミックな結び付きです。 生者はやがて死者となり、死者は精霊となる。精霊たちは、さまざまに姿を変えた神そのものなのです。

 人間は肉体と霊魂を合わせ持った存在で、死は両者を分かつことになります。肉体を離れた霊魂は、死後一定の期間をおいて行われる儀式によって呼び戻されます。ハイチでは、死後1年と1日後にこの儀式を行うのが通例となっています。

 儀式では、ロアと呼ばれる精霊たちを呼び出します。ロアは、祈とう師の霊的な力に呼応して一時的に生者に乗り移り、人間と神が一体になるのです。このような憑依(ひょうい)を伴う儀礼によって人々は神の恩寵に触れるのです。

 われわれキリスト教徒は教会へ足を運び神について語り合いますが、寺院で踊りながら自らが神となるのがブードゥー教の信者だとハイチの人々は言います。

 例えば、天国へ昇ったあなたの祖母の霊魂が天使となって地上へ舞い降り、助けてくれると同時に自分の心の中に宿る、と考えるとわかりやすいかもしれません。

◆今月発生したハイチ地震に関するパット・ロバートソン氏の発言が物議を醸しています。今回の地震は、18世紀後半に当時宗主国だったフランスから独立する際に、ハイチ人が悪魔と契約を取り交わしたことへの神罰だという内容ですが、この発言についてどう思いますか?

 非情で、無知で、常軌を逸した発言です。まったく許しがたいですね。

 1791年、ハイチの黒人奴隷たちは当時コーヒーやサトウキビのプランテーションを所有していたフランス人に対して蜂起しました。ハイチの歴史に関する記録やフランスからの独立に関する史実によれば、そのとき彼らを蜂起へと駆り立てたのは、自由の象徴であるほら貝の笛の音であり、それが高らかに吹き鳴らされたのはたしかにブードゥー教の儀式だったのです。

 それはフランス人に対する黒人奴隷たちの蜂起を鼓舞した出来事であり、アメリカ合衆国独立への大きな一歩となったジョージ・ワシントンによるデラウエア川の渡河と同じように、敬意を持ってとらえるべきです。

 さらに、ロバートソン氏はその発言の中でブードゥーそれ自体が悪魔だと言っていますが、ブードゥーは狂信的な黒魔術集団ではないし、キリスト教的な悪魔ともまったく関係がありません。

 要するにアフリカ土着の信仰は悪魔を崇拝していると考えているのです。これは同氏が、ブードゥー教についてまったく無知であることを露呈したばかりか、自らが信仰するキリスト教以外の宗教はすべて悪魔崇拝であるという同氏の偏見を示すことにほかなりません。

◆しかし、ハイチのブードゥー教に対して不気味な印象を抱いているのはテレビ伝道師だけでありません。なぜでしょうか?

 アフリカ土着の信仰には、非常に躍動的でドラマチックな行為が少なくありません。霊に取りつかれた人物が実際に神になったかのように、燃えさかる石炭を素手でつかんだり、自らの体を刃物で傷つけたりするのを見れば、こうした光景を見慣れないわれわれが恐怖感や不信感を抱くのはごく自然な反応です。

◆ブードゥー教の信者たちはハイチ地震をどのようにとらえているのでしょう?

 天変地異そのものに意思はないというのがアフリカの伝統的な考え方です。彼らにとって物事はすべて因果応報なのです。

「なぜ、今こんなことが起こるのか」。「なぜ、われわれがこんな目に遭わなければならないのか」。「虐げられてきたわれわれに、これ以上どのような試練を受けろというのか」。苦しみと悲しみに包まれているハイチ人の胸の内はおそらく、こうした嘆きに満ちているに違いありません。

 今回の地震のように、想像も予測も不可能な大惨事に見舞われれば、どの文化圏の人々も同じような反応を示すでしょう。9.11の同時多発テロが起こったとき、アメリカ人も彼らと同じように考えた事を思い出してください。

◆地震の被災者にとってブードゥー教が心の慰めとなりうるでしょうか?

 どのような苦難の中にあっても、ハイチの人々はそれを克服する力を十二分に備えています。たとえ貧しくとも想像力によって人生を肯定する術を心得ているのです。文化的に見てもハイチは、南北アメリカ大陸の中で最も活気にあふれた類稀なる国であることは間違いないでしょう。

 痛ましい惨禍に見舞われてもなお、ハイチの人々は信仰に慰めを見出すことでしょう。それはキリスト教徒もブードゥー教の信者も同じです。耐え難い困難に直面する者ならだれでも違いはありません。災害の絶大なスケールが適切な埋葬儀式の可能性を排除したという事実は、死者をたたえるすべてのハイチの人々にとっての悩みの種と悲しみをもたらすでしょう。いずれ、この深い悲しみを癒す機会が設けられるかもしれませんが。

 災害を免れたわれわれは、生存者支援と復興のために最善の努力をしなければなりません。今こそグローバルな共同体の一員としての義務を果たす時です。

Photograph by Steve Winter, National Geographic Stock

文=Ker Than

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