パタゴニアの氷河、温暖化でも謎の成長
2009.06.22
氷河の末端付近の水深や水温、気候の変化に対する反応速度など、議論のテーマは氷河の地形に関するものに集中している。「いずれにせよ、パタゴニア全体で氷河の増減量を見れば、氷は大量に失われている」と同氏は指摘する。
幅5キロのペリト・モレノ氷河が前進しているのは、「平衡線(equilibrium line)」と呼ばれる氷河上のラインの変化に対して、氷河の反応が鈍いためだとする仮説がある。
平衡線は万年雪の境界線である「雪線」に相当するもので、その標高より上では雪の堆積によって氷河が成長し(涵養域)、下では氷河が融解する(消耗域)。平衡線の高度は、その年の気象条件あるいは長期間の気候変動(降雪量や気温)により大きく変化する。
例えば、気温上昇などが原因で平衡線の高度が上がって山間部に及ぶほどになると、融解する範囲が増えることになって氷河は後退する。
だが、アルゼンチンのペリト・モレノ氷河は非情に険しい場所にあり、その地域では平衡線の高度は下がっている。少なくともこの山間部の高地では、気候変動は平衡線の移動に大きく影響を与えていない。その結果、氷の増減量は最小限にとどまるのだと、リベラ氏は説明する。
あるいは単に、ペリト・モレノ氷河は融解する氷が少ないだけだとも考えられる。ペリト・モレノ氷河の終端にあるアルヘンティーノ湖は、ほかの多くの氷河終端部と比べて水位が浅い。ほとんどの氷河は深い湖でカービング(末端崩壊)して崩れ落ちる。しかし、ペリト・モレノ氷河は、湖での氷の崩壊率がパタゴニアの他の氷河よりも高い。つまり、平衡線より下の消耗域に残っている氷が元々他の氷河よりも少ないのだ。
涵養域に大量の雪が降れば平衡線は押し下げられて消耗域は減少する。気候が寒冷だったときはこのような影響によって氷河の全長は変わらなかったが、現状は拡大傾向にある。
ペンシルバニア州立大学の氷河学者リチャード・アレイ氏は、メールで次のようなコメントを寄せた。「仮にペリト・モレノ氷河が深い湖に向かって拡張していたらどうなっていたか。より長い氷河が形成され、それが温暖化で融解し、簡単に後退していただろう。だが、実際のペリト・モレノ氷河は短く、温暖化の影響で融解が起きるゾーンが小さい。標高の高いところには大きな積雪ゾーンもある」。
一方、チリのピオ11世氷河の前進については、複数の科学者たちが「氷河の急上昇」という現象として解明しようとしている。これは氷河が周期的に突然拡大する現象でほとんど解明されていないが、外的な力とは関係がないと考えられている。
だが、決定的な根拠があるわけではないとリベラ氏は言う。「結局のところ、この研究についての明確で説得力のある説明は得られていない。だから、これらの氷河がなぜ前進しているのか、私にはよくわからないのだ」と同氏は述べている。
Photograph by Natacha Pisarenko/AP