父親不在の大家族、モソの母系社会

2009.06.18
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中国、甘粛省。モソの女性指導者と2才になる曾孫が家の中庭でくつろいでる。この母系社会の女性は結婚をせず、その大家族の中で子どもたちを育てる。ただ、そこに父親はいない。

Photograph by Fritz Hoffmann/NGS
 父親のいない父の日はどんなものだろうか。中国ヒマラヤ地方のモソ文化の専門家によれば、それほど悪いものではないのかもしれない。 モソ人(摩梭人)と呼ばれるこの母系社会の女性は、結婚することなく、その大家族全体で家の子どもを育てる。ただし、父親はいない。おおかたの推測では、このような構成のもとで子どもたちはうまくやっていけるようだ。

 ワシントン州オリンピアにあるエバーグリーン州立大学の家族研究の教授であるステファニー・クーンツ氏は、「ここは1000年の間、結婚のなかった社会であり、それでも子どもたちをちゃんと育てることができていた」と話す。

 雲南省と四川省の境界にある瀘沽湖(ルークーこ)周辺に暮らすモソの男性は、自分のではなく、通常は限定された関係しかない子どもの養育を手伝う。自分の姉妹、叔母、および家族内のほかの女性から生まれた子どもすべてがその対象となる。

 瀘沽湖モソ文化開発協会の理事長ジョン・ロンバード氏はこう説明する。「ひとりの子どもにひとりの父親というのではなく、叔父が4~5人いるようなものだ。(父親の)役割は複数の人たちで共有され、全体は非常に大規模な家族になっている」。

 家系を伸ばしてゆくという観点からは、普通と違うこの育児の体制も遺伝的に意味があり、モソの多くの男性も実際にそう考えているとロンバード氏は言う。「父親から見ると、ほかの女性の子どもが自分の遺伝子を共有していることは絶対にありえない。しかし、自分の姉妹に子どもがある場合、その子は自分の遺伝子の一部を共有していることは確実だ」。

 モソの農村の女性は、家庭を率い、事業では決定をし、資産を所有している。そしてその役割を母系の相続人に継承してゆく。

 中国語で「走婚」(“歩き婚”の意、日本語で言う「通い婚」)と呼ばれるモソの慣習では、女性は男性に夜の間に訪ねる(そして朝に帰る)ように誘う。女性は好きなようにパートナーを変えることもでき、そうした“雑婚”によって社会的に汚名をこうむることもない。

 モソはこの習慣から、特に中国の男性旅行者の間で有名になった。そうした旅行者の多くは、「走婚」を性の解放とともに過剰な性欲のあらわれと考えたと専門家は言う。モソの村々には観光客向けの売春宿があるが、瀘沽湖モソ文化開発協会のWebサイトによれば、そこにいるのはほとんどがモソ以外の女性であり、モソの人たちからは恥ずべきものと見なされているという。

「モソの女性がこのように男性をすべて“夫”にできるという可能性ばかりをメディアが強調しすぎると感じる」と話すのは、2006年にドキュメンタリー映画『The Women's Kingdom(女性の王国)』を製作しモソについてレポートした映画製作者チョウ・シャオリー氏だ。

 実際、モソのほとんどの女性は走婚のパートナーを頻繁に変えるということはない。また、一度に複数の恋愛関係を持つこともめったにない。「私がインタビューした女性の多くは、一生のうち一人か二人の相手との関係を持つだけだった」とチョウ氏は言う。

 同居する父親がいないことが、モソが家庭生活を重視しない証拠として考えてはいけないと、前出のジョン・ロンバード氏は話す。実際、彼らは家族関係を、それ以外の関係、とりわけ男女間の変わりやすい恋愛感情に基づく関係よりも上位に置いているという。兄弟、叔父、叔母、その他の人たちからなるモソの大家族は非常に安定していると同氏は付け加えた。

 例えば、“離婚”によって家族が不安定になることはない。さらに、子どもの実父の死も家族全体に与える影響はほとんどない。父親は家族から一定の距離があり、家族全体の中で広い相互サポートのネットワークがあるためだ。

『The Women's Kingdom』の共同製作者ブレント・ハフマン氏は、「モソの社会はこういう問いを発しているのかもしれない。“父親は本当に必要なのか?”と。これを欧米の社会で想定することは難しいが、モソでは実際に機能している」。

Photograph by Fritz Hoffmann/NGS

文=Brian Handwerk

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