イギリス南部、ストーンヘンジからおよそ24キロ離れた村にある遺跡の航空写真(撮影日不明)。幅およそ57メートルの石器時代の円形神殿を中心に青銅器時代の埋葬塚の外郭線が点在しており、農地に不思議な模様が現れている。

 イギリス政府所属の史跡保護機関であるイングリッシュ・ヘリテージが通常業務の航空調査を行っている際に、まるで“ミステリーサークル”のようなこの地形模様を発見した。この模様は、地中に埋もれた遺跡によって植物の成長が阻害された結果生まれたものだったのだ(“本物の”ミステリーサークルの場合は作物を平たく倒すことで大きな図形が描かれる)。

 2009年6月に発表された報告によると、今回新しく発見された先史時代の遺跡は面積が200ヘクタールある巨大な儀式施設だが、航空調査以前にはまったく知られていなかったという。

Photograph by Damian Grady/English Heritage
 イギリス南部で撮影された航空写真にミステリーサークルのような奇妙な地形模様が写っていたが、このたび、それが先史時代の巨大な複合型儀式施設であることが判明し、考古学者たちは驚きの声を上げている。 今回の発見につながったデイマーハム考古学プロジェクトのリーダーで、ロンドンにあるキングストン大学の考古学者ヘレン・ウィックステッド氏は次のように話す。「この遺跡の近くにはあの有名なストーンヘンジがあるが、それよりも1000年古いものだ。遺跡には木製の神殿の痕跡のほか、6000年前に建設された2基の巨大な古墳が確認されている。イギリス最古の建造物の一つと考えられるが、このように巨大な遺跡が今日に至るまで発掘されてこなかったとは、まったく驚くほかない」と話す。

 ストーンヘンジの調査を続けているストーンヘンジ・リバーサイド・プロジェクトのリーダーの一人で、イギリスにあるブリストル大学の考古学者ジョシュア・ポラード氏は今回の調査報告を受けて次のように話している。

「今回の発見は並大抵のものではない。考古学者は過去数十年にわたりストーンヘンジの周辺地域に注目してきたが、この地のことはいままで誰も気付かなかった。おそらく、あまりに規模が大きい複合的な遺跡なので、とっくに発見済みで既に知れわたっているものだと考えられてきたのだろう」。

 遺跡が発見されたのはストーンヘンジからおよそ24キロ離れたデイマーハムという村で、村の農地には200ヘクタールにわたり、数々の構造物の外郭線がところどころに描き出されていた。

 イギリス政府所属の史跡保護機関であるイングリッシュ・ヘリテージが通常業務の航空調査を行っている際に、まるで“ミステリーサークル”のようなこの地形模様を発見した。しかもこの模様は、“本物の”ミステリーサークルのように作物を平たく倒すことで大きく描かれたものではなく、地中に埋もれた遺跡によって植物の成長が阻害された結果生まれたものだったのだ。

 今回発見された遺跡の最大の特徴は2基の巨大な古墳で、大量の土塁によって長形墓(long barrow)と呼ばれる墳丘墓が築かれている。ただし、何世紀にもわたり耕作が続けられてきたため、現在の標高は建設時よりもかなり低くなっている。2基の墓のうち大きい方は長さが70メートルある。

 イギリス各地にある同様の墳墓の年代を基に、この長形墓は6000年前のものと推定されている。発見されたデイマーハム遺跡はさまざまな要素を備えた複合施設であるが、長形墓の年代が最も古い。

 調査チームのリーダーのウィックステッド氏は、「長方形の埋葬塚はイギリスの建築形態として最古のものと考えられており、非常に珍しい“掘り出し物”だ。1950年代以降、長形墓の全面的な発掘は行われていない」と話す。

 デイマーハム古墳はまだ発掘調査が行われていないが、おそらく長形墓の内部には、白亜層の岩盤をくり抜き木材で補強した部屋があると考えられている。そして、そこには祖先崇拝の一環として人骨が収められているはずだ。石器時代後期、この地域では遺体を鳥などの動物に食べさせて、残った骨だけを埋葬していたという。

 長形墓のほか、この地が青銅器時代(イギリスではおよそ紀元前2000~700年)に入ってからもなお、農耕社会にとって重要な中心地であり続けていたことを示す遺跡も見つかっている。

 古墳のそばには溝で囲まれた大きな円形の構造物が2つあり、丸く囲われた土地の最大幅は60メートル近くにも達する。

 そして、非破壊型電磁法調査の結果、柱穴の痕跡が示された。かつてこの円形の土地の内部には直立した木の柱が輪を描くように配置されていたと考えられる。この点からも、デイマーハム遺跡が儀式上・宗教上の役割を担っていたことは間違いないだろう。

 ストーンヘンジ・リバーサイド・プロジェクトのポラード氏は、「ストーンヘンジのすぐそばに木の柱が円形に並べられた神殿“ウッドヘンジ”があるが、デイマーハム遺跡もよく似た特徴を持っている。ウッドヘンジの小型版なのかもしれない」と話す。

「また、デイマーハム遺跡では柱穴をU字型に並べた囲い地も見つかっている。青銅器時代のものだが、非常に独特な構造でどんな目的で使われていたのかまったく判明していない」と、調査チームのリーダーのウィックステッド氏は話す。

 ほかにも、遺跡周辺では青銅器時代の埋葬塚を示す円形の外郭線が26基分見つかっており、さらに、火をおこすための石器やイギリス最古の様式で作られた陶器の破片があちこちに散らばっていた。紀元1世紀にローマ人がグレートブリテン島に侵攻してくる以前から農業が行われていたようだ。

「デイマーハム遺跡の土塁は何世紀にもわたる耕作ですり減ってしまっている。しかし、皮肉なことに、そのために考古学的な価値が高まったのかもしれない」と、前述のポラード氏は話す。もし墓の土塁がそのままの高さを誇っていたら、18~19世紀に横行した墓荒らしの格好の標的となっていただろう。表面の土塁は失われてしまったが、その結果として埋葬された中身の部分は残ったというわけだ。

 また、調査チームのリーダーのウィックステッド氏は、「この遺跡が発見されなかったのは、政府が見逃していた点も大きい。おかげで少なくとも地中は手付かずの状態で保たれているはずだ」と話す。

 1890年代に州境を策定する際、デイマーハムはストーンヘンジのあるウィルトシャー州ではなくハンプシャー州に組み込まれることになった。「おそらくハンプシャー州の人々にとっては古代の遺跡など他人事だったのだろう」。

 こうして農業と政治の幸運な組み合わせにより、デイマーハムの先史時代の遺産は今日まで姿を隠し通してきた。

 ストーンヘンジ・リバーサイド・プロジェクトのポラード氏は次のように話す。「今回の遺跡が示すように、多様な儀式活動は必ずしもストーンヘンジのような一大中心地を必要とするものではない。人々はさまざまな場所に集い、それぞれに儀式の場を築くものだ」。

Photograph by Damian Grady/English Heritage

文=James Owen in London