第6回 遺伝子の大博物学時代がやって来た

 めしべがない花というのは、つまりオスだ。イチョウのように雄花と雌花が分かれているというわけでなく、雌雄両体の株がある中で、オスだけの株がある、というダーウィンが「ない」と断じたパターンだったのだ。清水さんは、なぜこれが可能なのかをあの手この手で調べて「オスだけの個体が雌雄両体にまざる」というレアな事例がなぜ実現しているかという謎解きを論文にした。内容を細かく追っていくとちょっとマニアックすぎるのでここでは省くが、それが生き物の生殖戦略の「法則」に実は沿ったものだとする結論が鮮やかであること、この件を語る清水さんが非常に楽しげだったという事実はぜひ書き留めておきたい。

 前にも述べた通り、清水さんが抱く研究者としての基本的な問いかけは、「生物の遺伝子は、多くても数万個くらい。それらをどうやりくりして何百万種もの多様な生き物が生まれてきたのか」というものだ。

 清水さんが自家薬籠中のものとする最新の分子生物学の方法は、それを解明するためには必須。同時に、膨大なデータを扱う生命情報学(バイオインフォマティクス)の重要さも強調して強調すぎることはない。これだけに限らず、異なる分野間の共同研究が鍵になる。

 学生時代、分子生物学もフィールドの生物学も両方やりたい! と決意した清水さんは、今、多くの武器を手にして、また、ダーウィンなどの過去の博物学の巨人に乗って遠くを見通す技(?)も身につけ、なによりも楽しげだ。

「現代は、遺伝子・ゲノムの博物学を楽しめる時代だと思うんです」とこれまた実に楽しそうに言う。

 分子生物学とフィールドの生物学が出会うところでは、間違いなく、これから多くの現象が発見される。きっと、ビーグル号で世界をめぐったダーウィンが、あちこちで新たな生き物と出会い、うわーっとなったように、21世紀の分子生物学者は、相次ぐ新たな謎を見つけててんてこ舞いになる。時には体系化、理論化が間に合わなくともあるだろう。清水さんはそれを楽しめという。

 ぼくはなにやら、涼やかな風が吹いているように感じる。いったん博物学から遠のいた生物学が、いわば「大博物学時代」に回帰するというのは、新たな研究の沃野が眼前に広がっているということなのだから。

遺伝子の博物学を楽しもう!(写真クリックで拡大)

つづく

清水健太郎(しみず けんたろう)

1974年、埼玉県生まれ。スイス・チューリッヒ大学 進化生物・環境学研究所 進化生態ゲノミクス部門長・教授 (Ausserordentlicher Profesor)。1997年、京都大学理学部卒業。2002年、京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了。日本学術振興会・特別研究員、米国ノースカロライナ州立大学遺伝学科 日本学術振興会・海外特別研究員を経て、2006年、スイス・チューリッヒ大学植物生物学研究所准教授に就任。2011年より現職。『植物の進化―基本概念からモデル生物を活用した比較・進化ゲノム学まで (細胞工学別冊―植物細胞工学シリーズ)』(秀潤社)の監修を担当。『エコゲノミクス ―遺伝子からみた適応―』(共立出版)などの共著がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。ノンフィクション作品に、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。 近著は、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)。本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』 (ちくまプリマー新書・2014年12月上旬刊行予定)がスピンアウトしている。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider