ここまで来ると、清水さんが考えていた通り、ミクロなことも、マクロなことも同時に押し進める研究の仕方が確立したように見受けられる。それは、清水さん自身の研究のスタイルだが、同時に21世紀になってからの技術の発展に後押しされた研究潮流の変化とも同調している。

「今こそ、実験室を出て、野に出ようと言っています。in vitro(試験管の中)やin vivo(生体内)から、in natura(自然)へ! この20年間、モデル生物を使って分子生物学の研究をしている分には外に行く必要なんてなかったんです。でも、今こそ20年間みんなが忘れかけていたフィールドでの知識やノウハウが本当にまた重要になってきているんです」

 分子生物学はモデル生物を使って発展してきた。それによって、いくつかの生物について深い知識が得られた。次のステップは、多様性を見ることだ。野生で起きていることを、そのまま分子的なレベルで見るだけの道具を今や我々は持っているのだから。

 考えてみれば、ウルナーボーデン村の新種植物も、数万年前に種分化したミヤマハタザオも、フィールドに出たからこそ知り得た研究材料だった。それらに今の分子生物学の方法を適用すると、進化についての理解が深まるというのだから、それだけでも大きなことだ。

 清水さんにしてみれば、学生時代に「両方やりたい」と思った希望が、今、学問的に正統な(?)主張として言えるようになったわけで、まさに意を得たりだろう。

 それともう1つ関連することで、清水さんは面白いことを言う。

「昔の人の本を読もう、とも言います。現代の科学者は、ゆっくりじっくり1つのことに取り組むのが難しい。でも、ダーウィンですとか、やっぱり時間があってすごく鋭い観察をしているんです。それを今ならこんな材料やこんな方法で確かめられるじゃないか、みたいなことってたくさんあるんですよ」

 なるほど、博物学の時代には、観察の巨人がたくさんいた。現代の多忙な生物学者(なにしろ新しい次世代シークエンサーや新しい生命情報学的な方法についても勉強しなければならないのである)が気づかないような観察が古い著作の中に未解明のまま埋もれている、というのは納得! という指摘だ。

つづく

清水健太郎(しみず けんたろう)

1974年、埼玉県生まれ。スイス・チューリッヒ大学 進化生物・環境学研究所 進化生態ゲノミクス部門長・教授 (Ausserordentlicher Profesor)。1997年、京都大学理学部卒業。2002年、京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了。日本学術振興会・特別研究員、米国ノースカロライナ州立大学遺伝学科 日本学術振興会・海外特別研究員を経て、2006年、スイス・チューリッヒ大学植物生物学研究所准教授に就任。2011年より現職。『植物の進化―基本概念からモデル生物を活用した比較・進化ゲノム学まで (細胞工学別冊―植物細胞工学シリーズ)』(秀潤社)の監修を担当。『エコゲノミクス ―遺伝子からみた適応―』(共立出版)などの共著がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。ノンフィクション作品に、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。 近著は、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)。本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』 (ちくまプリマー新書・2014年12月上旬刊行予定)がスピンアウトしている。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider

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