第3回 月の動きをもとに行動計画を立てる

 さらに月に関していえば出没時間だけでなく、潮汐のタイミングも非常に重要になってくる。大潮のような干満差の大きい日は氷の状態が非常に不安定になり、強風が加わったりすると海氷が割れて流れ出したりする。特にグリーンランド―カナダ間の海峡は海流も強いので、大潮周辺の日には絶対に渡れない。またグリーンランドやエルズミア島の海岸線には干満差が原因でできた“氷の道”が発達するが、この氷の道を歩くときも潮は敏感にケアしなければならない要素になる。なぜなら大潮のような海が激しく盛り上がるときに氷の道を歩いていたら、2メートルも3メートルもある巨大な割れた海氷が海から押し寄せてくる危険があるからだ。そして当然、潮は月の重力によって発生する。

 このように極夜の期間中は月の出没時間と潮のタイミングを見計らって行動計画を立てる必要があり、要するに冬の北極は太陽ではなく月に支配された世界なのだ。

 具体的な計画づくりのために私は国立天文台のプラネタリウムソフト「MITAKA」を使用し、2015年10月下旬から2016年2月までの月の出没時間を調べ、また月齢表で潮の周期もチェックした。そして、シオラパルクの氷河の上に運び上げた荷物はこのときの月の出没時に回収し、次デポ地にはこのときの月のタイミングで到着し、海峡を渡るときは月が出ていて潮も安定しているこの時期に……とジグソーパズルを組み立てるように、いわば月のご機嫌をうかがって自分の行動を一つずつ確定させていった結果、何と行動期間は5カ月にも及んでしまうことが判明したのだ。

 5カ月……! そのあまりの長さに私は頭がクラクラする思いだった。そんなに長い間、1匹の犬だけを相棒に誰にも会わずに地球の最果てを旅することなど本当に可能なのだろうかと、このときになって私は初めて自分の計画に少し恐れを感じたのである。

 そしてさらに、この5カ月という途方もない数字は、近所のスーパーマーケットやドラッグストアで食糧を買い出すことによって物理的かつ現実的形態となって私の精神を圧迫した。

 ラーメン193袋、ラード14キロ、チョコレート20キロ、ナッツ10キロ、ドライフルーツ10キロ、アルファ米18キロ……。当然一度や二度の買い出しでは追いつかず、連日あっちのスーパーのカロリーメイトを買い占めては、次の日にはこっちで森永ミルクチョコレートを買い占めといった塩梅で、各店を走り回っては必要物資の買い出しにいそしんだ(幸運だったのはバレンタインデーが近かったせいか、そのなかの一軒でミルクチョコレートが大量販売されていたことである)。そしていつしか自宅の廊下には、通過が著しく困難になるほど梱包した段ボール箱が積み上がり、私の仕事部屋兼装備置き場は未梱包のラーメンやスープ類等に埋もれる事態となった。

 事ここに至って、私は5カ月間という期間の長さをリアルに実感することになった。この膨大な物資により私は、どれだけ長い期間、極限的な環境下で自分の命を維持管理しなければならないのかを明確に理解し、そのような遠大な計画に自分でビビってしまっていたのだ。

 そしてこの計画に対する恐れは、物資をシオラパルクに輸送するために集荷にきた郵便局職員に途方もなく多額な現金を支払ったときに、別のかたちとなって私の心をキリキリと苛んだ。この探検が終わったとき、自分は本当に生活を営んでいけるのだろうか……。

角幡 唯介(かくはた ゆうすけ)

1976年生まれ。2002年~2003年に、長らく謎の川とされてきたツアンポー川の未踏査部5マイルを単独で探検、2009年~10年にも単独で踏査し、その全容を解明した。2015年に、北極の極夜(1日中夜が続く)の中、GPSを使わず六分儀を使った方法で、北極圏を1200~1300キロを単独で踏破する探検に挑む。著書『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(集英社)で第35回講談社ノンフィクション賞、『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)で第8回開高健ノンフィクション賞、第42回大宅壮一ノンフィクション賞、『雪男は向こうからやって来た』(集英社)で第31回新田次郎文学賞など受賞多数。著書はほかに『探検家、36歳の憂鬱』(文藝春秋)など。