第3回 遺伝子研究でわかった植物の進化の驚くべき仕組み

 交雑で倍数体になって種分化というのは、なにか安易というか、手軽すぎてぱっとしないと、最初ぼくは感じていたのだが、そうやって、生きていくためのシステムを維持した上で、環境の変動に柔軟に対処するために、親植物からの遺伝的資産を切り替えて使うというなら、にわかに合理的に思えてくる。今の研究は、それを実際に観察できるところまで進んでいる。これが普遍的な現象なら、生物進化の「法則」のひとつと言えるだろう。今後、清水さんたちは、ウルナーボーデン村の新種植物についてもこのようなことを調べていくことになるはずだ。

右上に見える植物もシロイヌナズナ。(写真クリックで拡大)

 さらに、清水さんは謎めいたキーワードを述べる。

「倍数体化って、ネットワーク進化だと捉えています」と。

 ネットワーク進化? それってなに? 問うと、実に身近なたとえ話をしてくださった。

「私も瀬々博士から情報学について学んでいます。ネットワークが融合する時にどんなことが起きるか。会社や組織が合併すると、社長なりリーダーが重複した役職を再編成したり、解雇したりしますよね。でも、生物細胞の中で違う親に由来する遺伝子ネットワークが融合した際には、全体を見渡している「社長」はいません。それなのに、自己組織的に環境適応していくわけです。倍数化した種の遺伝子のネットワークを調べてみたら、もとのネットワークの99%は似た機能をもっていて冗長でも、両親の間で違う1%を組み合わせることで新しい環境に出ていけていたというのは、そういう種類の融合の仕方なんだと考えられます」

 今まさに種分化し進化しているらしいウルナーボーデン村の新種植物や、親植物よりもはるかに広い分布域で繁栄するミヤマハタザオ。これらは、遺伝子のネットワーク進化を解明するうえで、本当に好適な材料なのだった。

つづく 

清水健太郎(しみず けんたろう)

1974年、埼玉県生まれ。スイス・チューリッヒ大学 進化生物・環境学研究所 進化生態ゲノミクス部門長・教授 (Ausserordentlicher Profesor)。1997年、京都大学理学部卒業。2002年、京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了。日本学術振興会・特別研究員、米国ノースカロライナ州立大学遺伝学科 日本学術振興会・海外特別研究員を経て、2006年、スイス・チューリッヒ大学植物生物学研究所准教授に就任。2011年より現職。『植物の進化―基本概念からモデル生物を活用した比較・進化ゲノム学まで (細胞工学別冊―植物細胞工学シリーズ)』(秀潤社)の監修を担当。『エコゲノミクス ―遺伝子からみた適応―』(共立出版)などの共著がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。ノンフィクション作品に、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。 近著は、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)。本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』 (ちくまプリマー新書・2014年12月上旬刊行予定)がスピンアウトしている。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider