第24回 クマムシのエサをひきはがす

大変に細かい作業である。(画像クリックで拡大)

 クマムシ界の猛獣ことオニクマムシの餌はヒルガタワムシ。ヒルガタワムシにもいろいろいるが、オニクマムシのエサとなるヒルガタワムシは私がコケの中からみつけたものだ。大食漢のオニクマムシの胃袋(実際には胃というよりも消化管だが)を満たすためには、多数のヒルガタワムシを常時確保することが必須である。今回は、このヒルガタワムシの培養について紹介したい。

 ヒルガタワムシの培養システムはいたって簡単である。図のように、基本的には水が入ったプラスチック容器に米粒を入れるだけでよい。ヒルガタワムシは米粒を直接の餌としているわけではなく、米粒の表面に沸いてくるバクテリアなどを食べているようだ。あとはヒルガタワムシが窒息しないように、エアレーションで空気を入れ続けてやる。

 オニクマムシにエサをやるときは、このようにして増やしたヒルガタワムシを、飼育培地に与えてやればよい。だが、この作業が意外と大変なのだ。ヒルガタワムシの「ヒル」から想像できるように、この生きものは水槽の内壁にべったりとへばりつく習性があるため、こいつらをピペットで吸い取ろうにもなかなか回収できないのである。

 顕微鏡をのぞきながら根気よくヒルガタワムシを1匹ずつピペットで吸い取る作業は、たいへん疲労困憊する。オニクマムシ100匹に必要な数のヒルガタワムシを集めるのに数時間はかかってしまう。著者はクマムシ大好き人間ではあるが、「クマムシの餌の回収」というトリビア労働に人生の貴重な時間的リソースが大きく割かれることに、大きな疑問をもたざるをえなかった。

 そんな悩みを抱いていたある日、バッタ研究者の田中誠二さんから、バッタを炭酸ガスで麻酔できることを聞いた。昆虫研究者は、昆虫の体重などを測定したり解剖をする際に、炭酸ガスを使うことがあるのだ。さっそく、この炭酸ガス麻酔法をためすべく、ヒルガタワムシが入った水槽に炭酸ガスを吹き込んだところ、面白いようにヒルガタワムシが麻痺して壁から離れ、浮いてくれた。

 こうして浮いてきたヒルガタワムシは、ピペットで簡単に回収することができる。研究活動をしていると、まったく予想もしないような問題にぶつかり、それを解決しなければならない事態に見舞われる。「クマムシのエサをどのようにして離すか」。とるにたらないような小さな問題にみえるかもしれないが、この解決方法をみつけたとき、私はひとつの案件を終えた弁護士のように安堵した。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad