第2回 わずか100年でどのように新種が誕生したのか

 ウルナーボーデン村のケースは、親植物Aは水辺、親植物Bはもっと乾燥した環境を好み、新種植物は、水没したり乾燥したり変動する環境に進出した。人間による環境改変で親同士の「出会い」が起こり、子どもである新種植物は新たにできた環境にうまく適応した。あるいは適応しつつある。今は良いあんばいに生態的ニッチを得ているように見えるし、1世紀以上生きのびることにも成功しているらしい。でも、分布はごく限られているから、これから先どうなるかわからない。とてもダイナミックな「種の誕生のイベント」を観察しているともいえる。

「種分化って、数10万年スパンくらいで起こる現象なので、その場で観察するのが難しいです。化石があっても、本当に限られた断片的な情報しかわからない。どんな環境変化に応答したのかも類推するしかありません。例えばヒトとチンパンジーが分かれたのは600万年くらい前、多分アフリカのサバンナあたりだろうと言われています。そのときの古環境をある程度、推定はできますけどやはり限りがあります。それに、600万年前にいたのは共通祖先で、今いるチンパンジーでもヒトでもないわけです。それを考えると、親の種っていうのがどういう所に生きているか、さらに新しくできた種がどういう環境に生きているか、今も目の前に見ることができるというのは大きなメリットです。世界中で過去150年に現れた新種はほんの数例しか発見されていません。それがこの系のおもしろさだというふうに考えています」

 通常なら観察困難な種分化の瞬間を見逃さずに、追いかけることができる。それも、親植物とは違う環境に進出した新種植物という形で、リアルタイムで適応の現場を見ることができる。

 さらに、今の研究者には、強力な分子生物学的な手法がある。ゲノムを超高速で解読できる次世代シークエンサーなどを使って、20世紀には考えられなかった研究が可能だ。目下の最新の方法をフル活用すればどんなことが分かるか、非常に興味深く、奥深い領域に突入していく。

つづく

清水健太郎(しみず けんたろう)

1974年、埼玉県生まれ。スイス・チューリッヒ大学 進化生物・環境学研究所 進化生態ゲノミクス部門長・教授 (Ausserordentlicher Profesor)。1997年、京都大学理学部卒業。2002年、京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了。日本学術振興会・特別研究員、米国ノースカロライナ州立大学遺伝学科 日本学術振興会・海外特別研究員を経て、2006年、スイス・チューリッヒ大学植物生物学研究所准教授に就任。2011年より現職。『植物の進化―基本概念からモデル生物を活用した比較・進化ゲノム学まで (細胞工学別冊―植物細胞工学シリーズ)』(秀潤社)の監修を担当。『エコゲノミクス ―遺伝子からみた適応―』(共立出版)などの共著がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。ノンフィクション作品に、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。 近著は、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)。本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』 (ちくまプリマー新書・2014年12月上旬刊行予定)がスピンアウトしている。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider