でも焦ってばかりいても仕方ないので、こんなときに僕は、持ち前の自由さを発揮することにした。大学教員の職務じゃないことに忙殺されると嘆くのでなく、それを職務にしちゃえばいいのである。というわけで、自然を求めてやってくる観光客について考える研究と教育もはじめることにした・・・。

 こういうと簡単な話に聞こえるかもしれないけど、実際は非常にたいへんだ。なんせ僕はこれまで理系ひとすじの研究しかしたことがなく、「観光客」というきわめて不可解な対象(※4)を、大学レベルの研究にする方法を考えねばならなかった。「どんな場所に観光客が何万人来て経済効果が何億円で・・・」みたいな研究がすでに存在することは知っていたけど、それは経済学の領域で、僕が今から勉強してモノにするのはむずかしいような気がした。

 そこで、自分の専門分野に研究対象を引きずり込むことを考えた。ハーバードの博士課程で進化生物学を学んだ僕にとって、生物の行動にどういう意味があるのか考えるのは、もはや日常の癖になっている。よし、人間も生物なんだから、その行動を分析してみよう!

 さっそく研究計画を立て、大学でプレゼンを行い、プロジェクトとして認めてもらうことになった。このあたりが大学の先生という仕事のおもしろくて自由なところであり、京都大学のふところの深さであると思っている。この続きはまた次回お話しますね。

トチノキの巨木の、かなり上のほうに産みつけられたモリアオガエルの卵。この真下は小さな池になっている。孵化したオタマジャクシが池に落下して暮らしていけるように、母ガエルが計算してここに産みつけたのだ。ただしこの池にはアカハライモリが多数生息していて、オタマジャクシをエサとしている。食物連鎖と生きるためのたたかいは、森のなかにもあるのだ。

※4 地球システムをシミュレーションしてきた僕にとって、「きまった法則で動く粒子」のような存在を客観的にモデル化するのは慣れている。しかし観光客のように、個性や偶然の作用によって突拍子もないものに興味を持ったりする存在を研究するのは未知の領域だ。

伊勢 武史(いせ たけし)

1972年生まれ。高校卒業後、しばらく働き、米国ワイオミング大で生物学を学んだあと、ハーバード大学大学院に進む。現在、京都大学フィールド科学教育研究センター准教授。地球温暖化で重要な役割を果たしている生物圏については、その複雑性から、陸上の生物による炭素の循環のシミュレーションが遅れていると考え、現在、陸域における炭素循環と温暖化についてのコンピューターモデリングに取り組む。著書に「学んでみると生態学はおもしろい(2013年)」「地球システムを科学する(2013年)」(ともにベレ出版)がある。

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