芦生研究林の事務所。木造の風格ある建物である。

 前回まででお話したような偶然の波に乗りつつ研究を続けてきた僕だったが、2014年5月に京都大学に流れ着くことになった。国内の大学ではダントツの自由さと破天荒さを持つこの大学の居心地はすばらしい。そして僕は、置かれた状況が変わったことをきっかけにして新たな着想を得て、新たなことを学び、研究を深めていきたいと思っている。

 京都大学では、京都府北部にある芦生研究林という施設の管理・運営を担当することになった。研究林、または演習林という施設は大学所有の山林であり、林業や森林生態系にまつわる研究や教育を行う場所である。芦生研究林がつくられて、もうすぐ丸一世紀が経とうとしている。ここは戦前の京都帝国大学時代から続く施設なのである。もともとこの施設は「財産林」として大学が管理することになったもの。財産林の役割は、たとえば冬場に大学の暖房のための薪や木炭を供給したり、木を伐って売ることで現金収入を得たり。つまりは、うまく運用して大学の資金源にしましょう、という施設だったのである。

 しかし、研究林を運用していく一世紀のうちに、さまざまな問題が表面化してきた。芦生という場所は直線距離では京都市内から近いんだけど、深山幽谷に閉ざされた非常に交通の便の悪いところである。そして、燃料革命が起こり、大学の暖房に薪や炭を使ったりしなくなった。しかも冬季の積雪が深く、スギなどの現金化しやすい木の生育にあまり適していない。というわけで現代においては、この森から大学が収益を上げるというのは非現実的になってしまっている。

 一方で、そのような不便な場所だからこそ良いこともあった。有史以来、人の手がほとんど入ることのなかった天然林が残っているからだ(※1)。特に、上谷(かみたに)と呼ばれる最深部には大規模な天然林が広がっている。由良川本流の最上流部に位置するこのエリアでは、谷沿いには湿り気を好むトチノキの大木が点在し、斜面にはブナやナラ、天然のスギなどが生えている。研究林をつくる元々の理由であった「お金を稼ぐ!」という目的には適してない土地だったけど、幸か不幸か、利用しにくいからこそ貴重な自然が残されているのだ。

雪深い芦生研究林の春はおそい。5月ごろ、植物は新芽を開きはじめる。木々の下ではシダ植物が成長をはじめる。

※1 芦生研究林には、これまでに大規模な伐採や植林が行われたことのない森が、かなりまとまった面積で残っている。しかし、これらの森でも、不定期的に人が入ってきて小屋をつくって住んだり、特定の樹種の伐採をしたり、けもの・木の実・キノコなどを取ったりなどの利用はあっただろう。では、このような森をなんと呼ぶべきか。原生林?天然林?天然性林?専門家のあいだでも諸説あるので、この記事では深く触れないこととする。

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