第1回 「新種誕生」を見にスイスアルプスへ行ってみた

 今度は水辺から離れて道路近くまで歩いた。そこで雪を掘り起こし地面を見ていく。まれに車通りがあるのだが、運転席の現地の人がなにやら怪訝そうな視線でこちらを見ているのに気づいた。たしかに、我々は、雪の道路脇を掘り起こしている謎のアジア人集団である。

 それでも清水さんは意に介さず、まるで雪で遊ぶ子どものように(あるいはハイジやペーターのように)、道路脇の雪をひっぺがし、「ああ、いましたよ!」とうれしそうに言った。さっきよりさらに小さな丸っこい葉っぱで、これを見分けろといっても素人には絶対無理だ。

「こっちは、リヴラリス、C. rivularisです。比較的、乾燥したところを好んで生えています。もうひとつの親植物です」

道路の近くにはリブラリスが生えている。(写真クリックで拡大)

 その地点から、最初に行った川辺のあたりをかえりみると、数百メートルにわたって平坦な土地が広がっていた。今は雪の下とはいえ、かなりの面積の牧草地なのだという。

「このあたりは昔、森だったんです。森が開けたことで、今見た2つの種に接点が生まれました。それで、交雑が起こって、雑種ができたんですが、その雑種が、自分が生きのびることができる生態的なニッチ(隙間)を見つけたんです。時に水没したり、時に乾燥するような変動が多い環境です。人の手が入った牧草地にはよく見られます。新種はC. insuetaといって、親植物とはもう交雑できません」

 ぼくたちは、牧草地の奥まで入り、雪が吹き溜まっている中をがんばって掘り起こし、かなり苦労してその「雑種」から発展した新種植物を確認した。これも小さく、丸っこいかわいらしい葉だった。親植物とどこが違うのかさっぱりわからなかったが、花が咲いたときなどには違いがあるし、ラボに持ち帰って調べるとさらにはっきり分かる。紛れもない新種なのだという。

「アルプスの少女ハイジ」の世界で、小さな植物を雪の下から見つけ出す喜びというのが、なにか地味ながら胸にしんしん迫るものがあった。

20世紀になってから誕生した珍しい新種Cardamine insueta。(写真クリックで拡大)

つづく

清水健太郎(しみず けんたろう)

1974年、埼玉県生まれ。スイス・チューリッヒ大学 進化生物・環境学研究所 進化生態ゲノミクス部門長・教授 (Ausserordentlicher Profesor)。1997年、京都大学理学部卒業。2002年、京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了。日本学術振興会・特別研究員、米国ノースカロライナ州立大学遺伝学科 日本学術振興会・海外特別研究員を経て、2006年、スイス・チューリッヒ大学植物生物学研究所准教授に就任。2011年より現職。『植物の進化―基本概念からモデル生物を活用した比較・進化ゲノム学まで (細胞工学別冊―植物細胞工学シリーズ)』(秀潤社)の監修を担当。『エコゲノミクス ―遺伝子からみた適応―』(共立出版)などの共著がある。

川端裕人(かわばた ひろと)

1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)はNHKでアニメ化され、「銀河へキックオフ」として放送された。ノンフィクション作品に、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)などがある。 近著は、中学生になったリョウが世界を飛び回りつつ成長する姿を描いた切なくもきらめく青春物語『リョウ&ナオ』(光村図書出版)。本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』 (ちくまプリマー新書・2014年12月上旬刊行予定)がスピンアウトしている。
ブログ「リヴァイアさん、日々のわざ」。ツイッターアカウント@Rsider