(イラスト:三島由美子)(画像クリックで拡大)

 さて、研究の結果、睡眠中のあるホルモンの分泌パターンが実にユニークな挙動を見せたのだった。そのホルモンとは副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)である。ACTHの生理作用の1つが強力な覚醒効果で、通常は深睡眠が多い午前3時頃まではACTHが低く抑えられ、その後明け方に向けて徐々に分泌が増加する(図の平常夜)。ところが驚いたことに、「6時に起きなきゃ」と考えた自己覚醒夜では起床予定時刻の1時間以上前の午前4時過ぎからACTHが急に高まったのだ! その一方で、同じ6時に起こされたにもかかわらず「9時でいいんだ」と信じて寝たサプライズ夜では普段と同じ分泌レベルに留まっていたのである。

「ACTHが早く分泌するのが驚きなのか?」と問われれば、「もう吃驚!」と答えざるを得ない。ACTHの分泌リズムは体内時計に強固にコントロールされていて、自分の意思で分泌時刻を変えることなど不可能と考えられていたからである。その頑固なはずのACTHが、簡単な暗示で、こともあろうに寝ている間に普段と違う挙動をするなどということは簡単に信じられない、というのが一般的な研究者の反応である。

 この研究結果は非常に有名になったのだが、まだ世界のどの研究機関においても追試(再現)されていない。実はこのようなことはよくあるのだ。手間がかかって容易に追試できない研究などはそのまま舞台裏に消えていくことも少なくない。ただし、このネイチャー論文はそれまでの常識を覆す内容を含みさまざまな論議を巻き起こしたため、いずれ白黒つけなくてはならないだろう。

 仮にこの研究結果が正しいとすれば、体内時計(24時間時計)とは異なる別の強力な時計(タイマー型もしくは砂時計型とも言う)が我々の体内に存在していることを意味している。現在もそのタイマーのメカニズム研究が続けられている。強力なタイマーを持っていれば自己覚醒もお茶の子さいさい。先回話題になった睡眠慣性の悩みも一発解消である。一方で、このタイマーが悪さをする可能性も囁かれている。たとえば、毎晩判で押したように同じ時刻に目が覚めてしまう不眠症患者や認知症の高齢者ではタイマーが暴走しているのではないかというのだ。

 自由自在にオンオフ切り替えられるタイマー調整剤の新薬治験が始まるときには、被験者第1号は私の長男坊を推薦したい。その頃には私の方は認知症の夜間徘徊で服薬させられる側になっているかもしれないが。 

つづく

三島和夫

(イラスト:三島由美子)

三島和夫(みしま かずお)

1963年、秋田県生まれ。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。医学博士。1987年、秋田大学医学部医学科卒業。同大助教授、米国バージニア大学時間生物学研究センター研究員、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センター客員准教授、国立精神・神経医療研究センター睡眠・覚醒障害研究部部長を経て、2018年より現職。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。これまでに睡眠薬の臨床試験ガイドライン、同適正使用と休薬ガイドライン、睡眠障害の病態研究などに関する厚生労働省研究班の主任研究者も歴任。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、集英社文庫)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。近著は『朝型勤務がダメな理由』。

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