第23回 モヤモヤ・ベアーズ

大変に細かい作業である。(画像クリックで拡大)

 シャーレの中で飼育するときにオニクマムシが転んでひっくり返らないようにするには、飼育培地に入れる水の量をうまく調整しなければならない。

 だが、水の量を適度にしても、また別の問題でオニクマムシがひっくり返ってしまう。培地にオニクマムシと餌となるワムシを入れて一晩経つと、すぐにモヤモヤとした何かが生じてくる。これは、オニクマムシのフンや食べられたワムシの残骸がもとになって増殖した細菌の塊のようである。オニクマムシが歩いているとその鋭い爪にこのモヤモヤが引っかかり、これを引きずりながら歩くようになる。

 そして、ついには爪にくっついたモヤモヤのせいでバランスを崩し、ひっくり返ってしまうのだ。こうなったら最後、二度と起き上がることはできない。ワムシを捕獲できずに、飢えて死んでしまう。私が飼育していたときは小さな命たちを守るため、顕微鏡をのぞきながらオニクマムシの爪にくっついたモヤモヤを取り除いてやっていた。数マイクロメートルでも手もとをあやまれば、ピペットの先端でオニクマムシを潰して殺しかねない。たいへんに細かい作業である。こうして、マイクロサージェリーのような処置を何匹ものオニクマムシに施してやった。

 しかし、哀しいことに、またすぐにモヤモヤは発生し、オニクマムシは転ぶ。飼育ではなく、介護のような状況に陥ってしまった。こちらの神経が休まる暇はなく、精神に支障をきたしかねなくなる。

 最終的に、オニクマムシの背中が水面から露出するかどうかというレベルにまで水の量をさらに減らすと、モヤモヤの発生が抑えられることがわかった。さらに、このレベルの水の量では、たとえモヤモヤが爪に引っかかっても、オニクマムシは転ぶことなく歩けることもわかった。

 もう、介護をしなくていい。少しだけ、ほっとした。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad