アイスドリルで開けた穴を、人が潜水できる大きさに広げるため、スチーマーでじっくり融解する。

 ところが、もう一つの湖盆である水深160mの水はまったく違う様子だった。表層0mから湖底160mまで、水温0℃付近かつ酸素濃度の高い水がただひたすら同じようにずーっと続いていたのだ。つまり、ここの水は表面から湖底までが鉛直的に混じり合っていることを意味している。

 実はこちらの湖盆には、現在大きな氷河が接していて、水中に氷河が落ち込んでいる。この氷河から酸素をたっぷり含んだ融解水が少ないながらも流れ込み、湖水がかきまわされる。そのため、深い部分に重い水が溜まることがないのだ。

 アンターセー湖の正確な湖盆マッピングはまだされていないのだが、2つの湖盆の間には水深50~60mと浅くなったエリアがある。これが障壁のようになって、双方の深い部分の水は混じり合うことがない。こうやって、対照的な二つの環境ができあがったわけだ。

 ちなみにこれは、このたび水中環境の鉛直プロファイルデータを測定し、周辺環境と地形と湖盆形状を見た上で、私が組み立てたシナリオである。極めて地道な行為ばかりではあるがやはり、ジッと黙って彼のプロフィールに耳を傾けて、ちょっとずつちょっとずつ、彼のことを知っていくのだ。

潜水用の穴を開ける

 調査開始から4日目、今度は湖岸に近くて浅いポイントにアイスドリルで穴を開けた。水深を測定すると20m。私たちは、この穴から潜水するのである。ただ、直径25cmでは人が入ることはできないので、どうするかというと、“融解する”。水を熱して蒸気にし、コイル状にした金属パイプ内を循環させる装置を直径25cmの穴に入れて、氷を解かすことによって穴を広げる。辺り一面の分厚い氷の中に、透き通った深い青色の水が揺らめく穴が、少しずつ大きくなっていく過程はなんだか幻想的だった。

スチーマーの先端につけた金属コイル(左)。熱せられた水が、氷の中にゆらゆらと青く広がっていく(右)。(写真クリックで拡大)

 このスチーマーで湖氷を解かし始めてから4日目、穴の大きさは直径1.5mを超えた。水面は湖氷の表面より35cmほど低くなっているので、解けずに残っている厚さ35cmの表面の氷をチェンソーで切って取り除いた。そうしてついに潜水調査用の“ダイブホール”が完成した。

 いつも調査機材が水の色に溶け込み吸い込まれるように消えていくのと同じように、この神秘的な青い水の中に私ももうすぐ入っていくのだ。そう思うと、なんだかドキドキが止まらなかった。

4日間融解し続けた後、表面の氷をチェンソーで切り取り、潜水調査用の穴が出来上がった。
廣川まさき

田邊優貴子(たなべ・ゆきこ)

1978年、青森市生まれ。植物生理生態学者、陸水学者。博士(理学)。2006年京都大学大学院博士課程退学後、2008年総合研究大学院大学博士課程修了。早稲田大学 高等研究所・助教を経て現在は、国立極地研究所・助教。小学生の頃から極北の地に憧れを抱き、大学4年生のときには真冬のアラスカ・ブルックス山脈麓のエスキモーの村で過ごした。それ以後もアラスカを訪れ、「人工の光合成システム」の研究者から、極地をフィールドにする研究者に転身する。 2007~2008年に第49次日本南極地域観測隊、2009~2010年に第51次隊に、2011~2012年に第53次隊に参加。2010年夏、2013年、2014年夏には北極・スバールバル諸島で野外調査を行うなど、極地を舞台に生態系の研究をしている。2014年~2015年の冬(南極の夏)に、二つの隊に参加し、南極の湖沼を調査した。著書に『すてきな地球の果て』(ポプラ社)。
本人のホームページ:http://yukikotanabe-online.webnode.jp/
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