第5回 風の谷の湖

メガネのような形をしたアンターセー湖。中央に突き出ている半島部がキャンプ地で、半島右側が水深100mの湖盆、左側が水深160mの湖盆。

 アンターセー湖には2つの湖盆がある。湖盆というのは、湖の底が深くなっている部分のことで、1つ目が午前中に穴を開けた湖盆で水深100m、2つ目が午後に穴を開けた水深160mの湖盆だ。

 南極で露岩域上にあって水深100mを超える湖というのは、実はかなり稀だ。南極の露岩域の湖の全てが調査されているわけではないのだが、恐らくその数は片手の指で数えられるくらいだろう。南極のほとんどの湖は氷河に削られてできあがった氷河湖なので、水深はそれほど深くなく、湖盆はのっぺりとした形をしている。ところが、アンターセー湖は氷河で削れたのはもちろんだが、それだけではなく地殻の活動によりできあがった湖(構造湖)でもあるので、ドーンと深い湖盆になっているのだ。

 翌日、水の環境の指標となるさまざまな項目(光・水温・pH・塩分濃度・溶存酸素・酸化還元電位・植物プランクトン量)を測定しに行った。これらを測定することで、水面から湖底にかけて水中がどんな状態になっているか、つまり湖のプロフィールが分かる。こうして彼の自己紹介に耳を傾け、彼がどんな性格なのかをつかむのである。

 水深100mの一つ目の湖盆では、水深48mまで水温は一様に0℃付近で淡水。ところが、そこからたったの1m深くなると、それまで一様だった環境が急に崩れる。水温が4℃まで跳ね上がり、そのまま水深65mまでつづくのだ。さらに、水深70m付近で5℃まで上がり、同時に急激に水中の酸素濃度が減っていく。水深75mでは、酸素濃度はもはやほぼゼロ。ここより深い部分は酸素のない還元環境になっていて、この還元層とその上の酸化層は半永久的に混じり合うことがない。

湖水はなぜ混じり合わないのか

 どうしてこんなことになるのか。低温で乾燥し、かつ風が強いこの場所では、湖の氷は解けて液体になるよりもむしろ、どんどん昇華して気体になっていく。すると、氷の中にわずかながらに含まれている塩分が水中を沈降し、塩分濃度の高い重い水が湖の深い部分に徐々に蓄積されていく。重い水の上に軽い水が乗っかるようになると、まるで二重底のような状態である。大気に触れることがなくなった重い水は、有機物の分解とともに酸素を失い、還元環境になる。

 一見するとただただ連続的につながって見える水だけれど、実はとても不連続で、あるところでポンッと環境がジャンプする。なんだかいつも驚きとともに騙されたような不思議な気持ちになる。そしてこれが水中環境の面白いところの一つだと私は思う。