西アフリカで猛威を振るうエボラ出血熱。その火に油を注いだのは、死者の埋葬にまつわる伝統儀式にあったとされる。何が妨げになったのか、対策はとられたのか、現地で取材した。5回シリーズの第3回。
■第1回 シエラレオネはなぜ無防備だった?
■第2回 秘密集団を止められるのは首長だけ
■第4回 「エボラ孤児」1万人の行方

シエラレオネの首都フリータウンにあるアブドゥル・カビアさんの自宅で、生後1日の女児の遺体を引き取る作業員と、悲しみにくれる遺族。政府は、エボラウイルスの汚染地区で死亡者が出た場合は全て潜在的なエボラ感染者として扱い、適切な安全措置をとって埋葬するよう義務付けている。(Photograph by Pete Muller, Prime for National Geographic)

 2014年6月、エボラ出血熱で死亡したギニア人の妊婦をめぐって諍いが持ち上がった。

 宇宙服のような白い防護服に身を包んだよそ者の集団が、ウイルスに感染した遺体を埋葬するために運び出そうとしたところ、遺族が引き渡しを拒んだのだ。妊婦の霊が無事に死者たちの村へたどり着くには、遺体から胎児を取り出さなければならないという。

 無理だ、とよそ者たちは言う。
 ウイルスに汚染された遺体を切り開くなど危険すぎる行為だ。

 それでも村人たちは譲らない。彼らキッシ族の伝統では、胎児と一緒に埋葬された女性はこの世の自然のサイクルを乱すと考えられている。遺体を切り開くことがどんなに危険と言われても、そのサイクルを乱されることのほうが村人にとっては脅威なのである。

 困り果てた医師は、地域の事情に詳しい専門家に助言を求めた。カメルーン出身の人類学者ジュリエンヌ・アノコ氏だ。西アフリカで数十年の経験をもつアノコ氏は、伝統的儀式による埋葬を受けられなかった霊を供養する「償いの儀式」があるはずと考えた。「そこで私は、祖父が償いの儀式を行う祈祷師だったという高齢の男性を探し当て、祖父から学んだという儀式のやり方を教えてもらいました」

カビア家で亡くなった生後1日の女児の口から唾液を採取し、エボラウイルスの検査を行う保健省作業員。エボラ犠牲者の遺体はきわめて感染性が高い。遺体に触れただけで感染するケースは後を絶たず、それがウイルス拡大の大きな原因となっている。(Photograph by Pete Muller, Prime for National Geographic)

 儀式に必要なのは、ヤギ、11メートルの白くて薄い布、塩、オイル、そして米。世界保健機関(WHO)で働いていたアノコ氏は、必要なものを全て村へ支給し、村人たちはそれを受け入れた。日没時、アノコ氏の見守る中、儀式は始まった。そして同じ頃、遠く離れた墓地では、暑苦しい防護服に身を包んだ作業員たちが、殺菌処理を施した妊婦の遺体を埋葬していた。

遺族の強い抵抗

 こうしてこの件は無事落着したが、こんなケースはまれである。エボラウイルスで最も多くの犠牲者を出しているギニア、シエラレオネ、リベリアの3国では、つい最近まで、医療当局が末期患者や遺体を村人たちから隔離しようとして抵抗に遭うという光景が何度となく繰り返されてきた。救急車の運転手や埋葬チームが石を投げられたこともあった。 最も痛ましい例は、ギニアでエボラ出血熱についてよく知ってもらおうとビラを配っていた8人が殺害された事件である。

「問題は、遺体を引き取る職員たちが、このエボラ流行に関わる社会的側面を見ようとしなかった点です」と、アノコ氏は説明する。人々は、死に行く者あるいは死者に対して生者が果たすべき責任を強く感じている。彼らが根強く信じている信仰を医療当局が受け入れなければ、エボラの流行を食い止めることはできないと言うのだ。

 アドバイスを受けた医療スタッフや埋葬作業員たちはこれまでのやり方を見直し、さらに村の政治、民族、宗教的指導者らも、伝統的儀式を状況に応じて変えるよう人々に指導し、ようやくウイルスの勢いは衰え始めた。

カビア家の女児の遺体を家から運び出す作業員。イスラム教の聖職者も、一緒に列をなして歩く。作業員らは女児の遺体をトラックに載せ、他にも遺体を引き取ってから墓地へ向かった。(Photograph by Pete Muller, Prime for National Geographic)

立ちはだかる伝統

 最大のエボラ被害を出している3国では、死者の埋葬を、医師や業者ではなく地域住民が行うことが多い。しかも、そのほとんどが素手で遺体を扱っている。人々は、そうした伝統を放棄してしまうことに反発し、結果としてそれがエボラ拡大を助長させた。感染者の体内のウイルス量は、死が近づくにつれてピークに達する。死期の迫った病人や死者の汗、血液、唾液に一滴でも触れてしまえば、感染する危険性はきわめて高くなる。

 医療当局にとってみれば、答えは明らかだ。これだけの人命がかかっているのだから、信仰よりも科学を優先させるべきである。危険を伴う儀式は禁じられなければならない。

「人々は、これまでのやり方を180度変えるよう求められました。素手で遺体を清め、服を着せ、しきたりにのっとって別れの儀を執り行っていた従来のやり方から、いきなり遺体を袋に入れて、別れを告げることすら許されなくなってしまったのです」と、人道支援団体「コンサーン・ワールドワイド」のシエラレオネ支部代表フィオナ・マクライサート氏は語った。

 シエラレオネ、リベリア、ギニアの人々の信仰心はあつい。人口の大部分は、キリスト教またはイスラム教徒である。キリスト教のならわしでは、死者のまぶたを閉じ、遺体を清め、服を着せる。イスラム教でも、遺体を清めた後白い布で全体をくるむ。さらに、キッシ、メンデ、シャーブロ、コノの各部族、それに各地で見られる秘密集団にも、それぞれ独特の儀式が存在する。

魔女かどうか遺体を確認

 部族や秘密集団による儀式は外部に閉ざされているが、その内容の一部は住民や地元の事情に詳しい人類学者から漏れ聞こえてくる。

フリータウンのキングトム墓地で、埋葬される娘を見守るアブドゥル・カビアさん(写真中央、青のカムフラージュ服)。エボラ流行がピークに達した2014年12月、この墓地では1日あたり約50件の埋葬があった。(Photograph by Pete Muller, Prime for National Geographic)

 例えば、キッシ族は死者の墓に置かれた石の上で動物を生贄として捧げる。その後、石は先祖を奉る祭壇に供えられる。シャーブロ族は、死者がこの世をおびやかす魔女でないことを確認するために遺体を調べる。もし魔女と判断されれば、埋葬の前にその霊を無力化する儀式を行わなければならない。それを怠ると、農作物の不作やその他の不幸に見舞われると信じられている。

 そして、秘密集団の存在がある。隠れた儀式を行う秘密集団は国中に存在し、その指導者が死亡すると、能力を後継者へ移すために特別なしきたりによって埋葬する。フリータウンで若者を指導するシディキー・サンコー氏は、詳しいことには触れたがらず、ただ険しい表情で言った。「これらの儀式が行われなければ、大変なことになってしまいます」

 こうした一つ一つの信仰の積み重なりは、西アフリカでの死というものが、いかに様々なしきたりの入り混じった複雑なものであるかを示している。これを怠れば、死者は永遠にこの世をさまよい歩き、地域社会に不幸をもたらすと信じられている。

 西洋人にとって、「儀式」など忘れられた過去の記憶に過ぎないかもしれないが、人が死ねば何らかの形で葬儀を出すのは世界中どこへ行っても同じことだ。そして、その目的も世界共通である。愛する人に別れを告げて終止符を打つ。そして、死者への敬意を表すということだ。