エボラ特集3:「伝統の埋葬」が蔓延を助長した

世界報道写真賞受賞、エボラ被害国の実情ルポ(第3回)

2015.02.19
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不信感が歩み寄りの妨げに

 こうした信仰は、つい最近までエボラ対策において一切顧みられることはなかった。

 エボラが流行すると、恒常的にベッドや治療スタッフが不足、患者は病院から病院へとたらい回しにされ、誰がどこに行ったかという記録すら残らなかった。患者が死亡すれば墓石もなく埋葬され、家族は愛する者がどこにいるのか、死んでいてもどこに埋葬されているのかすら分からない状態だった。

フリータウンのアパートから27歳男性の遺体を運び出す作業員。エボラ犠牲者の遺体を扱う際には、様々な予防措置を取ることが義務付けられている。死亡した男性と一緒に住んでいた人たちは、男性に典型的なエボラの症状がなかったため、死因はエボラではないと主張している。(Photograph by Pete Muller, Prime for National Geographic)

 患者が次々に姿を消し、エボラは何かの陰謀ではないかという噂が広がった。医者が臓器売買目的で患者を殺しているのではないかと言う者まで出てきた。エボラの存在自体が疑われるようになればなるほど、人々は重症の家族を病院に連れて行かなくなり、伝統的な埋葬の儀式も続けられる。

 昨年9月から11月にかけて、かたくなな村人たちに困り果てていた政府と国際支援団体に対し、人類学の専門家は、人々の態度を変えさせたいなら彼らの信仰を理解するようにと説明した。

 シエラレオネで40年間研究を続ける人類学者ポール・リチャーズ氏はこう語る。「地元住民が政府を信用しなくなった背景には、それまでの歴史が関係しています。例えば、米国ミズーリ州で昨年人種問題から起きた暴動は、その背景に奴隷制の残したもの、搾取、無視、虐待の歴史があった。そこから人々が得たものは、自分たちの解決法のほうが部外者の提案よりも優れているという思い込みです。それと今回のケースは、共通している部分があります」

 そして、付け加えた。「部外者が宇宙飛行士のような格好をしてやってくるのも、余計に人々の不信感を買ってしまうのでしょう」

 それでもリチャーズ氏は、歩み寄りは可能だと見ている。「紛争ダイヤモンド」をめぐって繰り広げられた血みどろのシエラレオネ内戦当時、家族の遺体をそのままにして村を逃げ出さなければならなかった人々が、後に葬儀の様式を変えて霊を供養したという例もある。そうした儀式を今回も再現できるのではと、リチャーズ氏は提案する。「当時の儀式には柔軟性がありました。霊もきっと理解してくれるはずです」

エボラ感染が疑われている27歳男性の遺体を外へ運び出した後、遺族と友人が祈りをささげる。作業員たちは仕事を中断して見守る。(Photograph by Pete Muller, Prime for National Geographic)

 ある暑い日の午後、シエラレオネ東部に住むキッシ族のヘイリー・ジェームスさんが、遺体が発見されなかった場合に部族の人々がどうしていたのかを説明してくれた。

「その人が死んだと思われる場所に行き、金属片を1つ置いて、死者が男性なら4日間、女性なら3日間放置します。その後金属片を頭に載せて家に持ち帰ります。家でそれに覆いをかぶせ、嘆き悲しんだ後、地中に埋め、祈りをささげます」。コノ族出身で、精神保健相談員として働くタンバ・アルナさんも、内戦当時似たような儀式が行われていたと証言する。コノ族の場合は、金属ではなく石を用いていた。

宗教的指導者らも呼びかけ

 エボラ流行で最も深刻な被害を受けた3国では、昨年11月までに5000人近くがエボラウイルスに感染して死亡した。シエラレオネでは、いまだに新たな感染者が後を絶たない。同国のエボラ対策に関わっている団体によれば、その70%が埋葬の儀式によって感染しているという。

 はっきりした調査結果があるわけではないが、政府は万一のため、エボラ出血熱と診断されていたか否かを問わず、首都フリータウンでの遺体を全て袋に納めて殺菌処置を施し、埋葬するよう義務付けている。政府はさらに、各部族の首長や宗教的指導者、伝統的治療師たちに、人々の意識を変えるための手助けや助言を求めた。

親しかった友人の死を悲しみ、遺体に寄り添う男性。(Photograph by Pete Muller, Prime for National Geographic)

 フリータウンにあるイスラム教の一派アフマディー教団の本部でムンニロウ・アビユサフ師は、疫病が本物であると確信するにいたった経緯について話してくれた。エボラが東部で発生した当初は、何かの呪いではないかと考えていたが、多くの医療関係者が命を落とす状況を見て、ただ事でないと悟った。

 アビユサフ師はイスラムの文献で、危険を伴う埋葬についてどう教えられているかを調べ、その中の1冊「The Life and Character of the Seal of Prophets(預言者ムハンマドの生涯と性質)」の中で、古代の伝染性皮膚病に関する記述を見つけた。

「この皮膚病が流行し始めた頃、イスラムの聖なる預言者はまず、人々に恐れてはならないと諭しました」。そして、遺体に近づくことなく祈りをささげるよう人々に指導した。そこでアビユサフ師も、信徒に向かって自分の知り得たことを伝えた。「この疫病は我々が初めて経験するものではない。遺体を清める必要はない。遺体のない所で祈りをささげることは許されている。これに関する戒めは絶対的なものではないのだと訴えました」

 キリスト教の指導者たちも同じように信徒を教え、首長らも秘密集団による儀式を全て中止するよう人々に呼びかけた。一方、人道支援団体と政府も「安全で尊厳のある埋葬」を掲げ、遺体を白い袋に入れて引き取る際、遺族や友人たちは袋から2メートル離れた場所で短い祈りをささげることが許されるようになった。

フリータウンのキングトム墓地で遺体を埋葬する作業員。墓地は3倍の広さに拡大されたが、それでも場所が足りなくなってきている。(Photograph by Pete Muller, Prime for National Geographic)

 また、遺族や関係者らに安全性について説明する仲介人が雇われた。仲介人は、遺族から出される要望に応じる努力をする。たとえば、遺体が袋へ納められる前に遺族が選んだ服を着せてやるとか、魂が死者たちの村へ無事にたどり着くための通行料としての金品を遺体と一緒に納めるといった要望を受け入れている。

「エボラピープル」と呼ばれて

 私がフリータウン最大の墓地キングトムを訪れたのは12月も半ばだったが、遺体埋葬をめぐる問題は大きく様変わりしていた。政府の統計によると、フリータウン周辺のほぼ全ての遺体は、適切な殺菌処理を施されて埋葬されていたという。

 そこでは、1日あたり50体の遺体が浅く掘られたばかりの穴に埋葬されていた。砂塵や藁くずが、湿った大気に舞っていた。1時間ごとに、数台のワゴン車が土ぼこりを立てて、新たな遺体袋を運んでくる。数人の男女が徒歩で墓地までやってきては、短い祈りをささげて去って行く。目の前に広がる異様な光景に、皆驚きの表情を隠せない。

 墓地は、一日中掘り返され、いたるところに土の山が築かれている。どこかの建設現場のようだ。墓地の外縁ではトラクターが、忙しく新しい埋葬場所を切り拓いている。町は今、新たな問題に直面している。墓地の面積はすでに元の3倍に拡大され、もはや場所がなくなりつつあるのだ。

 埋葬チームと遺族の仲介人として働くアンドリュー・コンドー氏に、墓地で話を聞いた。大きく笑う口元からは、彼がこれまで目にしてきた悲劇は微塵も感じられない。

キングトム墓地で娘の遺体を埋葬し、土をかけたばかりの墓で祈りをささげるイブランヒム・カマラさんとその同僚。生後17カ月で亡くなったファタマタちゃんは、カマラさんの1人娘だった。夜中に突然高熱が出て、夜明け直後に息を引き取った。(Photograph by Pete Muller, Prime for National Geographic)

 シエラレオネの内戦中に子ども時代を過ごしたコンドー氏は、13歳で遺体の処理を経験した。出身地である東部の町ケネマでは、大量虐殺の犠牲となった人々の遺体が町の外に山積みにされていた。通行人が遺体につまずいたり、野犬に食い荒らされたりしないよう、処理に明け暮れた。「地域社会への奉仕の気持ちが、自分の中に自然と生まれてきました。悲しみにくれる遺族の心に寄り添うこともできます」

 コンドー氏は、遺体を安置所や墓地へ運んでくる若い男女に慰めの言葉をかける。その多くが、ウイルスに感染した遺体を処理したという理由で、大家に家を追われたり、交際相手から捨てられた。

「近所で店をやっている女性は、私に水も売ってくれません。みんな、私たちのことを『エボラピープル』と呼んでいますよ」。作業員の1人がそう言うと、コンドー氏は彼の背中を軽く叩いて、面白い呼び名だと笑いあった。そして「笑わなければ、泣くしかないんですよ」と、付け加えた。

 埋葬チームを監督するアリ・カマラ氏は、最近では遺体引き取りに抵抗する遺族はほとんどいなくなったと話す。以前は、遺体を清めて儀式を行う数日間「遺体を隠しておく遺族が多かったのですが、今は違います。遺体を早く引き取ってほしいという電話がひっきりなしにかかってきます」

■第1回はこちら「シエラレオネはなぜ無防備だった?」
■第2回はこちら「エボラ特集2:秘密集団を止められるのは首長だけ」
■第4回はこちら「『エボラ孤児』1万人の行方」

この取材は、国際非営利報道組織「Pulitzer Center on Crisis Reporting」の支援により実現した。

文=Amy Maxmen/写真=Pete Muller/訳=ルーバー荒井ハンナ

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