第1回 サメを調べにオーストラリアへ!

 生物とは何だろう。生態学とは何だろう。

 先日、何の気なしに中島敦の『山月記』(昔の中国で、詩歌の道で身を立てられなかった男が懊悩の末、人喰虎に変身してしまう話です)を読み返していたら、これだという1文を見つけて一瞬ドキリとした。

「理由も分らずに押付けられたものを大人しく受け取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ」

 そうそう、それが生物! 虎であれ象であれてんとう虫であれ、完璧な生体機能を備えて完璧に環境に適応しているわけではない。そうではなくて、遺伝というメカニズムによって先祖から受け継がれてきた体の形や生理的機能(「理由も分らずに押付けられたもの」)をやりくりして、危険に満ち満ちた自然の中を生き延びようとしている。

 それがうまくいかなければ、天敵に喰われたり、エサにありつけずにのたれ死んだりする。それがうまくいったならば、配偶者を獲得し、次世代に命のタスキを渡すことができる。

 本質的に不完全である生物がどのようなやりくりによって生き長らえ、次世代に命をつないでいるか――それを理解しようとするのが生態学という学問分野である。少なくとも私はそう考えている。