そこで私たちは、ヒラシュモクザメの精巧な模型を製作し、流体力学実験を行った(図3、図4)。任意の強さの風を発生させることのできる装置の中に、サメの模型を設置し、生きたサメが実際にそうしていたように、徐々に横に傾けていった。そして模型にはたらく物理的な力を詳しく測定した。

図3:ヒラシュモクザメの模型のデザイン。(画像提供:渡辺佑基)
図3:ヒラシュモクザメの模型のデザイン。(画像提供:渡辺佑基)
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図4:流体力学実験の様子。左方向からサメの模型に向かって風が吹き付け、模型にはたらく力が測定される。(画像提供:渡辺佑基)
図4:流体力学実験の様子。左方向からサメの模型に向かって風が吹き付け、模型にはたらく力が測定される。(画像提供:渡辺佑基)
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 実験によると、サメの体が60度ほど傾いた時、揚力が最も効率よく発生し、抵抗が最小限に抑えられていた。60度という角度は、実際に生きたサメが見せた角度とぴたり一致する。つまりヒラシュモクザメの体が横に傾くと、長い背びれがあたかも飛行機の翼のようにはたらいて、効率よく揚力が発生することがわかった。

 一般にサメは、硬骨魚類(いわゆる普通の魚の仲間)と違って浮き袋をもたないので、放っておくと体が沈んでしまう。そこで多くのサメは、左右の胸びれを使って揚力を発生させ、体の沈下を防いでいる。ところが我らがヒラシュモクザメは、とりわけ長く発達した背びれを横に倒し、背びれをあたかも「第三の胸びれ」のように使うことで、遊泳エネルギーを節約していることがわかった(図5)。

図5:結果の概念図(ヒラシュモクザメを正面から見ている)。(左)体をまっすぐにして泳いでいるときは、左右の胸びれから揚力が発生し、沈下を防いでいる。(右)体を横に傾けると、長い背びれの効果により、揚力発生部位のスパン(b)が長くなり、効率よく揚力が発生するようになる。つまりサメは遊泳エネルギーを節約することができる。(画像提供:渡辺佑基)
図5:結果の概念図(ヒラシュモクザメを正面から見ている)。(左)体をまっすぐにして泳いでいるときは、左右の胸びれから揚力が発生し、沈下を防いでいる。(右)体を横に傾けると、長い背びれの効果により、揚力発生部位のスパン(b)が長くなり、効率よく揚力が発生するようになる。つまりサメは遊泳エネルギーを節約することができる。(画像提供:渡辺佑基)
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 本研究により、ヒラシュモクザメは遊泳エネルギーを節約するために、他のどんな魚とも違う奇妙な形態と奇妙な泳ぎ方を進化させていたことが明らかになった。体長3メートルもの大きなサメの泳ぎ方とその意味について、今まで誰も知らなかったという事実は、海の中にはいまだに壮大な未知の世界が広がっていることをはっきりと示している。

 最後に私の感じたこと。通常、生物学では(あるいはほとんどの科学分野では)、実験を始める前に結果を予測して仮説を立て、その仮説に沿って粛々と研究をすすめていくべきとされる。それはもちろん私も理解できるし、大いに賛成もしている。

 けれどもバイオロギングの研究では、動物がどのように振る舞うか、仮説すら立てられないことがよくある(ヒラシュモクザメは横に傾いて泳いでいるはずだ、などという奇想天外な予測を立てられる人はいない)。それにそもそも、魚を研究対象とする場合、どんな魚が釣れるのかすら、事前にはっきりとはわからない。

 そんなときには深く考えず、フットワークを軽くして、「たまたま」釣れた魚に「とりあえず」記録計を取り付ければいいのだと、ヒラシュモクザメは教えてくれた。とにかくやってみる。そして後で考える――そんな行動先行のやり方でも、真実の扉は徐々に開かれていくものなのだと。

つづく

渡辺 佑基(わたなべ・ゆうき)

1978年、岐阜県生まれ。国立極地研究所生物圏研究グループ助教。農学博士。バイオロギングを用いて主に海洋動物の生態を研究している。2010年には南極観測隊に参加し、ペンギンに取り付けたカメラでの撮影に成功。研究論文が米国科学アカデミー紀要に掲載された。2011年、学術分野全般で優れた実績を積み上げた人に贈られる山崎賞を受賞。2014年、『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』(河出ブックス)で第68回毎日出版文化賞の自然科学部門を受賞。

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